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2006年3月

2006年3月31日 (金)

自分自身への審問

Shinmon 『自分自身への審問』 辺見庸 毎日新聞社 06/3月刊

2004年3月に脳出血で倒れて以来の著作です。その後癌の手術も受けたらしくたいへんそうです。それでも辺見節、健在です。ものごとを視るときの視点や、いかにものごとの本質が視えていないか、いつも思い知らされます。

例えば、伊藤博文。
注)としてこう紹介しています。
「---明治期の内閣制度の創設者、初代首相。日本の朝鮮支配に最も重要な役割を果たした。青年時代は松下村塾に学び、尊王攘夷運動に参加。明治政府の下では開明派としてプロイセン憲法を学び、帝国憲法制定に尽力する。日露戦争後には韓国に対して第二次日韓条約を強要する指揮を執り、初代の韓国統監となって韓国併合を推進、1909年ハルビン駅頭で安重根に暗殺された。」
普通の人の持つイメージでは、幕末に活躍して初代首相になり、千円札に。といった感じではないでしょうか?終わりの方の暗いイメージは歴史の授業で習いましたっけ?

「英米系NGOイラク・ボディ・カウントの集計によると、2003年3月の開戦以来イラクではこれまでに最大で約30600人の民間人が爆撃や戦闘などに巻き込まれて殺されているという。あまりと言えば理不尽である。しかしながら、思えばこの数字、このところの日本の年間自殺者数と大差ない。日本では自殺者が2004年まで連続7年間30000人を超えた。戦争犠牲者と群れなす自殺者-両者は一見、何の関係もなさそうだ。だが、彼方の死もこちら側の死も、ともに21世紀世界の不条理を刻んでいるのであり、もっともっと考察されていい。/まず、戦争と平和の通念を考え直す必要がある。たとえば、1日に80人もの人々が自死する(未遂者を含めると推定で毎日800人が何らかの形で自死を試みるという)ような日本が果たして平和と言えるのかどうか。死者数だけで見るなら、これはもう戦争規模である。国家が自己の意志を貫徹するために他国との間に行う武力闘争を戦争と言うならば、日本は確かにいま戦時にはない。が、これはあくまでも狭義の判定であり、広義に解釈すれば、日本は目下「精神の内戦」もしくは「内面の戦時下」にあると言えるかもしれない。」

「2003年12月、閣議は自衛隊のイラク派遣を決定した。これだけでも驚天動地だが、小泉首相は派遣の根拠として憲法前文を挙げ「われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって・・・」と読み上げてみせたのだから、もはや絶句するほかなかった。時ならぬ首相の憲法朗読は前文中で最も重要な前段の文章二十行四百数十字を、恐らく故意にであろう、そっくり省略していた。それは、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し・・・」という、第九条と響きあうくだりである。」
大事なことだと思います。メディアによる情報ではおそらく後半部分は知らされていなかったのではないか。

「やけに風の強かった月曜のあの朝、私はいったい何にたまげたのだろう。十年後の今でも時折反芻するのは、糸の切れたマリオネットのように、ゆっくりと通路に崩れ落ちるサリン被害者たちのむごい姿では必ずしもない。倒れた人々を助けるでなく、まるで線路の枕木でも跨ぐようにしながら、一分でも職場に遅れまいと無表情で改札口を目指す圧倒的多数の通勤者たち。目蓋に焼きついているのは、彼ら彼女たちの異様なまでの「生真面目さ」なのである。/あれは、しかし、真に人間的な真面目さだったのであろうか。口から泡を吐き苦しみ悶える被害者を眼の端に入れながら、なおも改札口に殺到する群が、この国の民衆の原像であるとしたら、十年でそれはどう変貌したのか。サリンを撒いた加害者たちと脇目も振らず職場に急いだ人々は、「鬼畜」対「良民」といった、後の裁判で語られたような単純な構図にあったのか---十年間、私は折りに触れて考えた。/その朝、私はたまたま地下鉄日比谷線の神谷町駅構内にいた。救急隊や警察がくるだいぶ前のこと。すでに十数人が倒れており、見る間に歩行中の通勤者たちも次々にひっくり返った。外国人を地上に運び上げた私は肩口におびただしい吐瀉物を浴びた。だが、誓っていう。当初の現場にはマスコミが報じたような「パニック」などなかったのだ。不可思議な「秩序」のみが存在したのである。通勤者も、駅員も、遅れて駆けつけた記者らも、じつに生真面目だった。ただし、それぞれの職分のみに。/・・・/さて、95年の生真面目にして酷薄な民衆像はいま、どう変わったのか。私は基本的変化はないと思う。いや、事情はさらに高じ、さらにねじれてきているようだ。マネーゲームの勝者など、いうところの「勝ち組」を讃えるこの社会には、上部の支持に逆らってでも貧者や弱者の側に立つ自由な「私」の数は明らかに減ってきている。・・・」

抜書き、疲れた。
評価:8点

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2006年3月30日 (木)

3/29のメニュー

アップ200+500×3本+100×2本+ドルフィンキック50×4本+ダッシュ50×2本+ダウン50
=2250

先週は板敷だったので、2週間振りとなりました。2週空くとしんどいっす。アップの時点で上腕三頭筋がパンパンになりました。Fr(いわゆるクロール)は何といっても上腕三頭筋です。
↑関選の後とまったくいっしょの文章です。

今年の目標は1回/週と宣言しましたが、3ヶ月経過で10回/13週です。まあぼちぼちですね。

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2006年3月27日 (月)

「今頃」「紙切れ」ありがとうございました

板敷スプリングフライトでの閉会式で、昨年のポイントランキングとクロスカントリーリーグの表彰が行われました。ポイントランキング(正式名称ハンググライディングシリーズ)はすでに説明はいらないと思いますが、クロスカントリーリーグなるものの存在は皆さんご存知でしょうか?詳細はクロスカントリーリーグ規定を見て下さい。JHF(日本ハング・パラグライディング連盟)の主催で事後申請が可能です。
昨年記録を出したとき、日本記録として公式記録になるかどうかでいろいろ調べたところ、日本記録なるものの管轄はJAA(日本航空協会)で、公式記録にはならないことが判明しました。詳細は「日本記録に挑戦する場合の注意事項」を見て下さい。で、記録として公的に残すにはどうしたらいいか、ということでクロスカントリーリーグなるものが存在することを見つけ申請したわけです。ただしこれが正式に記録となるのは翌年となります。その名のとおりリーグですから、1/1に始まり12/31に終わるのです。
ということで、ほぼ1年経った「今頃」表彰されることになりました。いただいた「紙切れ」=賞状は立派なものでJHFのハンコとJHFHG競技委員会のハンコが押されており、その文面の中に「213.5km」とちゃんと記載されていました。これでようやく記憶に残るフライトから記録に残るフライトとなりました。私の欲しかった「紙切れ」が「今頃」になってやっと入手できたわけです。1年経ってしまうと「紙切れ」の効力もほとんどなく「紙くず」同然ですが。なぜ私はこのような「紙切れ」が欲しかったのか?

記録を出した当日、京都新聞から取材なるものを受けました。ランディング直後に報告した師匠(坂本さん:京都ハンググライディングクラブ代表)が新聞社へ情報提供したわけです。岡山から飛んで滋賀に降りたのになぜ京都新聞か?というと、私が京都のクラブに所属しているからという理由です。地方新聞のさらに地方面にでも載っけてくれたかなと思い、後日その新聞をチェックしたところ、なんとスポーツ欄に載せてくれてました。しかも松中のホームランの写真の下、すぐ右にはディープインパクト皐月賞圧勝の写真、いい位置です。スポーツ欄を見た人の視界には必ず入ると思います。京都新聞、発行部数は50万部です。この取材のときに何度も聞かれたことが公式記録になるのかどうかということです。無理もありません、マイナースポーツなのですから、いきなり日本記録を出しましたという売込みを受けても本当かどうか一般の人には全くわからないわけですから。当然、証拠なりエビデンスが欲しいところです。「公認」とか「公式」とかの言葉の重要性を感じました。

この記録、公式記録ではなくても、前記録を17年振りに更新したという点や国内初の200km越えという点でニュース性があったと思います。今にして思えばもっと一般向けへアピールすべきだったと思います。ハンググライダーといえば事故でしかメディアには登場させてもらえません。マイナスイメージばかりではなくプラスイメージを宣伝するいい機会を失ってしまったのではないかと思います。
採り上げてもらったメディアとしては雑誌「フライヤー」「スカイスポーツ」がありますが、まあ身内みたいなもんです。一般向けへの登場は先の京都新聞のみです。社内新聞にすら載せてもらえませんでした。代わりに組合の機関紙には載せてもらいましたが、社員2万人くらいですから発行部数も2万部くらいです。

話を変えます。
トリノオリンピックはメダルの数という視点からは日本は惨敗でしたが、オリンピック後のTV番組でスポーツジャーナリスト二宮清純氏が言ってました。あるスポーツを強くするために必要なステップは「普及」「育成」「強化」である。ピラミッドの頂点を高くするためには底辺を拡げないと高くならない。これはJリーグ発足当時、川淵初代チェアマンが言っていたことでもあります。

話を戻します。
日本のハンググライディング、強いとは言えないですね。先の話はあくまで一般的な話で、すべてのスポーツがそのとおりだとは思いません。実際ワールドチャンピオン輩出のチェコやウクライナのハンググライディング界のピラミッドの底辺が広いかというとそうは思えません。でも底辺を広くすることによりその高さが高くなる確率は確実に上がると思います。海外へ出て経験を積んで強くなる若者(若くなくてもいいですが)が一人でも多く出てくる可能性が高くなると思います。そのためにも「育成」や「強化」ではなく「普及」が大事だ思います。
では「普及」のためには?一番手っ取り早いのはメディアに採り上げてもらうことです。私は家電業界に身を置いていますが、普及率の低い商品はどうしたら売れるか?悲しいかな最も効果的なのは他力だったりします。あるある大事典やみのもんたに採り上げられたりするとえらく売れます。ですのでマーケティングとしてはいかにメディアに採り上げてもらうかというのが大事な仕事となってきます。話をHGに戻しますが、こういうことはJHFの仕事になると思います。対外的なメディアへの情報提供、必要だと思いませんか?まあ狭い世界ですし、全てJHFへ押し付けるのではなく一人一人の意識も大事だと思います。

次の記録更新時、誰になるかわかりませんが、いろいろなメディアで採り上げられたらいいなあと思います。
そのためには「お墨付き」も必要です。「紙切れ」も重要なのです。

というわけで、「今頃」「紙切れ」どうもありがとうございました。
紙切れよりも何よりもその場での皆さんからの拍手がとてもうれしかったです。

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2006年3月26日 (日)

3/25竜門とか

私は回収&子守当番なので詳細はわかりませんが、晴れ、ブルー積雲なし、西風、max1400らしい。西風がしっかり吹いていてダイナミックには動けなかったようです。でもリフトの強さは春っぽかったようで皆さん楽しそうでした。みんな思い思いに飛んでいたようですが、タスク決めればいいのに。。

で、気になるのは目の前を飛んでいる人たちばかりではなく、他のエリアもとても気になるシーズンになってきました。パラの話ですが、大佐では2000オーバー、岩屋では真北方向へ50kmのクロカン。遠く板敷では郷田さんが150km!

うずうず。。

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板敷帰り、後日談

つづき。

翌日、O沢親分がトラックに別のハイエースを乗っけて伊吹PAまで来てくれたらしく、O田さんが無事に購入したキャラバンでTやんを現場まで送り、なんと総とっかえ。グライダー7機を降ろし、キャリアを付け替え、またグライダーを積み、ハーネスやら何やら荷物を積み替え、なんと○×プレートも付け替え(ここだけの内緒の話)。O沢親分は古い方のハイエースをトラックでお持ち帰り、O田さんもいろいろ手伝ってくれてから帰静。

Tやん、O沢さん、O田さん、どうもありがとうございました。

ちなみに新しい方のハイエース、ラジエーターの具合がよろしくなく、まだ整備中。。

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2006年3月23日 (木)

板敷帰り

最終日がキャンセルのため14時ごろ出発。日付が変わる前には帰宅できるかな、という読みでしたが。。

和歌山の人から車を買ったのでそれを取りに行くというO田さんを加えて計7人を乗せたKPハイエース、関ヶ原ICを越え、伊吹PAに入るぞー、とドライバーのTやん。突然、あれっ?とTやん。みるみる減速、どうもギアが入らないらしい。かろうじて伊吹PAにすべりこむ。ギアのトラブルのようで、こりゃダメだとTやん。さあ、どうする?

7人のうち、Mい子さんだけJAFのカードを持っていたので、とりあえずJAFを呼ぶ。SOSとしてMい子さんの旦那I階さんとうちの奥さんに車で迎えに来てもらうように要請。それぞれが到着するまでに考えた末の結論、ハイエースは、PAに置きっ放して翌日Tやんが和歌山のレンタカーでトラックを借りてここまで取りに来て和歌山に持ち帰りショップで自力修理。人間は?EもGは車を今回来れなかったS戸山さんの西宮の倉庫に置いているので、方向が同じ私が送って行く。和歌山へ帰るTやん、Uっしー、Hおか、O田さんはI階さんに車をお借りして京都南ICそばのI階家でオーナー夫婦を降ろした後和歌山へ帰り、その後Uっしーが車を返しに行き電車で帰る。ということに。

で、JAFには来てもらってすぐに、これこれこういうわけで、とサインだけしてお帰りいただき、2台でそれぞれの帰路につきました。

いやいや、伊吹くらいでよかったです。もっと遠くだったり行きだったりしたら、と思えば。

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2006年3月21日 (火)

板敷最終日

板敷最終日

昨日といっしょ。西風強風でキャンセル。1本で終わってしまいました。Mツ、優勝おめでとう!写真は上位6人とレディース1位、学生1位。

会社休んでマンガ読んだだけ。。

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2006年3月20日 (月)

板敷4日目

西風強のため、キャンセル。

気温減率は良く、雲底高度二千数百mという予報。しかし西風強風のときの板敷ランディングは降りてはいけないほど危険。さあどうする?
コンバージェンスラインが真上にでき、そのラインが上空にある間は風も少し落ちるという予報。ということでやる方向で山に上がりグライダーセットアップ開始。セットアップ中は確かに真上に積雲ができ風の弱い時間帯もあった。タスクコミッティーも南北10kmほどの幅を持つ東西に渡ったコンバージェンスラインを利用したタスクを検討開始。

が、そのラインがどうやらずれ始めたらしく怪しい風も入りだし雲の動きもところどころ怪しく。。そのうち南西方向にはっきりそれとわかるガストフロントが!
即中止決定。あわてて片付け開始!

で、またもやマンガ喫茶。。

あ、あしたこそ。。。

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2006年3月19日 (日)

板敷3日目

昨日はけっきょく17位でした。
1.Mツ 2.Iたさん 3.S木くん 4.Mっちゃんマン 5.D門さん 6.Wだっち

今日は予想通りキャンセル。
で、やっぱりマンガ喫茶に来てしまいました。昨日からの体調不良も、マン喫に備えて昨晩9時過ぎに寝たのでちょっとましになりました。ちょっと頭痛が残っているくらい。それより背筋痛がひどい。グライダーのとられがきいてるかな?ということで朝からウィンドスポーツさんでチューニングしてもらいました。
VGオンでのとられはリミッターで調整するとして、VGオフでの左とられの調整をやってもらいました。もともと右とられのグライダーを右翼のミドルジャンクションを後ろ下がり側に回すことにより調整していたので、セールを変えたことによりそれが逆に効いていたもよう。なのでそれを戻してもらいました。F沢さんありがとうございました。

じゃ、これから野球でも応援しますか。

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2006年3月18日 (土)

板敷2日目

晴れのち曇り、南~南東、max1400くらい
TO→ゴールデンレイクスゴルフ場→烏山ゴール 49.6km
ゴール21人

私は14~5番でゴールしました。遅いなあ。。
日照もなくなり板敷はやっぱり渋くてスタートするまでがたいへんで、時間を気にする余裕もなく、なしくずし的にスタート。雨引に渡ってヒットした後はゆっくり集団で飛んでれば特に問題なくゴールまで。

私がお世話になっているKPチームは回収がばっちりで早くに本部に帰ってきましたが、まだまだみんな帰ってきてなくて成績が出揃っていません。成績は茨城ハングのHPにupするとO沢さんが言ってました。見たい人は夜にでも見て下さい。

グライダーのチューニングですが、VGオンでまだ左どられが残っていたので、降りてから左翼のリミッターをさらに半周下げました。次フライトこそまっすぐ飛ぶかなあ。。

明日は爆風の予報ですね。またマンガ喫茶かなあ?
それとも休養すべきかなあ?今朝目覚めると同時に体調に違和感が。微熱があるようでちょっとしんどい。いったん飛んでしまえば風が顔にあたって楽になりましたが。
でもマン喫行っちゃうんだろうなあ。。

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2006年3月17日 (金)

板敷初日

雨は上がりましたが、爆風のため、キャンセルになりました。まあ想定内ですが。。
昼は毎年恒例のそのべさんによる手打ち蕎麦をたらふくいただきました、マジで美味かった。。
朝の4時半に現地着だったので眠いのですが、がまんしてマンガ喫茶です。

明日は飛べそう。頑張るでえ!

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2006年3月16日 (木)

板敷行き

会社からこっそり更新。
今日は仕事を終えてから自宅へは帰らずにそのまま拾ってもらってKPチームと共に板敷へ。
O沢さん宅にお世話になります。
とりあえず明日はダメっぽい、週間予報もいまいち?

ニューセールで言い訳できないし、頑張ってきます!
また携帯から3行報告します。

ストレートゴールタスクやらんかなあ。。

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2006年3月15日 (水)

Space of Hip-Pop -namie amuro tour 2005-

Amuronamie_livedvd_1

「Space of Hip-Pop -namie amuro tour 2005-」

ついに発売になりました。3/15発売だけど、1日前に店頭に並ぶのは常識。15日は宴会だし、16日は板敷への移動だし、14日のうちに見ないと!
ということで、ゲットしました。見ました。

大満足!

汗まみれで踊り続けるアムロちゃん、凄いです。あんな細い体なのに。
尊敬に値します。

見たい人、貸そか?

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2006年3月13日 (月)

kyon2

Kyon2 『小泉今日子の半径100m』 小泉今日子 宝島社

実はアムロちゃんだけでなくキョンキョンも好きなんです。
またカミングアウトしてしまった。。
16歳のデビューから見続けています。私より1つ年上でなんと40歳です、この人。最近、女優業が板に付いてきましたね。

月刊雑誌に連載していたフォト&エッセイ3年分(40になるまでの3年間)の単行本化です。フォト満載でオールページカラーです。フォトはほとんど本人によるものですが、もちろん本人さんの写真も豊富です。

ファン垂涎の1冊です。

評価:9点

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ウルトラセブン

Sevenプロフィールの写真、差し替えました。
グライダーのセール変わったので。

ほんとに色調がセブンそっくりなんですよ。

ちなみにこれは次男坊(もうすぐ4歳)の所有物です。
ニューカラー、彼も喜んでくれてます。

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2006年3月12日 (日)

3/11竜門

京阪戦の予定でしたが、学生選手権が予備日を使ったために学生がこれなくなり、一部OBだけのプレ京阪戦となりました。

南西、うす曇り、積雲なしのため渋そうに思われたが、13時前いつもどおり一番機のH岡が寺山からいい上がりを見せ、タスクブリーフィングにて TO→旧桃山町グランド→船戸山→竜門LD に決定。タスクコンプリートの後はオプションとして 粉河高校→近畿大学→松下就職→粉河寺大往生 の人生まっとうタスクを決定。

Mちゃんマンが南西から上がり始めるのを見てTO、すぐにMツが続く。上ではいい上がりをしているのに下ではいまいち。二人してグライダーを立ててみるもいまいち。スクラッチを組むときは効率のいいときもあれば一人ならもっと楽に上がれるのにと思うときもある。これは後者。Mツもそう思ったようで移動できる高度になるとさくっと山頂側へ。けっきょくどっちも同じような上がりだった。

先に動いたのはやっぱりMツ。H岡とともに上げきる前にグランド方向へ。上げきったMちゃんマンがそれを追いかけ、私は山頂で残業。1300まで上げてから追いかける。先の二人は高度が足りず、引き返す。Mちゃんマン700ちょいでグランド到達、回し始める。私も700で到達、Mちゃんマンの上にかぶさる。ん、なんで上に入れるんだ?回しているもののトータルではジリ貧もよう、2週回してあきらめ次を探し始める。しばらくうろうろした後、JR西の平地の煙の上でヒット、さすが熱源。2人でやっているところに後続組がグランドから一目散にやってきた。うーん、大会みたい、楽しい。800弱で次を探しに動いて失敗、元のガグルに戻る途中でヒット。この辺りいつの間にかMツやRぽうさんもいる。ここから皆で前後しながら船戸へ。先に南へふくらみながら向かったMツとMちゃんマン、低い。それを見ながらちょっかりコースをT波、Kツナ、私。こっちが当たり。船戸手前でヒット、南西風による船戸のかぶりも混じって汚いリフトの中、3人同高度でもまれながらも高度を800弱まで戻して船戸へ。500ちょいでゲット。この船戸近辺の行き返りできっちり上げなかった人はゴールメイクできず。Mちゃんマン船戸東麓にアウト。井坂と竹房の間にY寺とI上くん(KP)。竹房LにMツ、T波、H寺。いっしょに船戸とったKツナは井坂辺りで上げなおした後、ファイナルグライドかけてトップゴール。Mちゃんマンの上で300切ってから上げなおしたJイチが2番手ゴール。私は船戸リターン後にヒットした時点でゴールを確信、上げ直してもっと飛ぶことを選択。新しいセールに変わったばかりなのでいろいろ練習しとかないといけないので。

Rぽうさんと2人でちょこちょこ上げながら寺山経由で山頂に帰る。1000弱までしか上がらないが、オプションタスクにトライしてみることに。600ちょいで粉河高校到達。近大はさすがに無理なので、高卒で松下就職を目指す。でも西風が強く全然だめ。竜門L上空の弱いリフトでグライダーの挙動をいろいろ確認してからランディング。2時間弱のフライトでした。

タスクを決めてみんなで飛ぶとやっぱりおもしろい。単独ならこの渋さでは船戸なんてとても行かない。毎回のフライトでのタスク設定は必須ですね。

プレ京阪戦、楽しかったです。次もみんなで楽しくやりましょう。

今回の最大の目的:グライダーチューニング
VG3/4での左へのとられ、右翼のリミッターを半周上げてみたが、まだとられる。なので降りてから左翼のリミッターを半周下げてみた。次フライトに期待。といってももう板敷本番ですが。。
少し気になるのは左センタリングがちょっと内へ入る傾向だったので、さらにきつくなるかなあ。。

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2006年3月11日 (土)

40歳から伸びる人、40歳で止まる人

40kara 『40歳から伸びる人、40歳で止まる人』 川北義則 PHP文庫

新幹線、新大阪駅の改札外(JRの改札内)に本屋があるんだけど、そこでえらくたくさん平積みされていたこの本、新刊でもないし、他の本屋ではそんな扱いされてないし、どうして?
でも、手が出てしまいました。

この手の本はあんまり読まないんだけど、これはgood!
これは!と感じた箇所があるとページの端を折り曲げるんだけど、この本、14箇所も折り曲げました。全部は無理だけどできるだけ紹介します。

まえがき、いきなりこう始まります。
「四十歳は「不惑」の年といわれている。「四十にして惑わず」といえば格好はいいかもしれないが、四十代で何の迷いもない人はよほど悟りきった人か、まったくの能天気な人だろう。現実は何かと一番惑う年代である。」

「棋士の米長邦雄さんの言葉「弱い者ほど早く結論を出したがる」/これは勝負の世界の金言なのだそうだ。強い人は自分からなかなか結論を出さない。形勢が不利でも「まだ、まだ」と思えるのだ。だが、弱い者はよいにつけ悪いにつけ、結論を早く出してしまう。」
まだまだと思ってがんばってても結論出なかったりなんてことままあるんですけど。。

「人生では何の目標ももたないよりは「たとえ邪悪な目標でも、ないよりはあるほうがまし」(イギリスの歴史学者トマス・カーライルの言葉)」
邪悪な目標って?あんなことや、こんなこと?

「目標設定くらい強いモチベーションは他にない。行動科学のモチベーション理論では「人間は自動目標達成装置」であるという。目標や生きがいを与えると、自動的に目標達成へと行動を始める動物なのだ。」

成功者が語る運の活用法
「大きな幸運より大事なのは用意が整っていること」(クリス・クリストファーソン)
これ、誰?ちょっと調べてみたら、ミュージシャンで俳優、有名なのは「スター誕生」(共演:バーブラ・ストライサンド)のテーマ曲かな?
まあ、誰でもいいんだけど、これはまさしくそのとおり!と思います。私の213kmもこれです。たまたまそういう好条件のときにそのチャンスを掴んだにすぎないのです。過去に峰岸さんがパラの世界記録を出したときのコメントを紹介します。「記録なんてパイロットの技術だけじゃ出ない。そういうポテンシャルの日にそういう場所にいるってことが第一の条件だからね。」
そういうポテンシャルを求めて毎年通った大佐、どんなに外したことか。。。

森永卓郎さんのお勧めのライフスタイル
「有給休暇は毎年目一杯とる-休暇ばかりとっていたらにらまれるなどという敗北主義とはおさらば。とってもとらなくてもリストラされる人間はされるし、されない人間はされない。もし休暇の多いことが引き金になったとしても、そういう人は早晩別の理由でリストラされる。ビクビク生きるより開き直ったほうがかえって結果はよいものだ。」
ホント?そろそろヤバイけど。。

「「遊びを遊び、仕事を遊び、生活を遊び、生きることを遊び、いつでも遊んでいられる人間になりたい」
建築家の浜野安宏さんのモットーがこれだ。何でも遊びにするつもりだから、楽しみを見つけられるし、一生懸命になるし、たとえつらくてもストレスもない。必ずしも結果にはこだわっていないが、おおむね結果もよいという。」
なるほど、仕事でなかなか結果が出ないのは遊びが足りないのか。。

「『葉隠』を書いた山本常朝で一番有名なのは「武士道とは死ぬことと見つけたり」だが、・・彼の言葉で一番好きなのは「人間一生誠にわずかなことなり、好いたことをして暮らすべきなり」」

抜書きも疲れてきたのでこれくらいにしときますが、「「家庭」での男の責任とは」という章にも学ぶべきところはいろいろありました。

評価:10点

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2006年3月10日 (金)

ビタミンF

Vitaminf 『ビタミンF』 重松清 新潮文庫

帯に「発表!今、読みたい新潮文庫 2005年度 第2位 好きな作家アンケート」と書いてます。ちょっと意味不明です。好きな作家アンケートなのになんでこの作品だけ帯巻いてんの?
確かなことは直木賞受賞作ってことです。

短編集です。主人公が30代~40代のおっさんで家族のことをテーマに書かれています。中学生の息子や娘との接し方、中学生の娘がいじめの対象に、職場でも家庭でも姿勢を正し過ぎている父親、老いた自分の父親との接し方、等。

この作家、うまいです。

評価:9点

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2006年3月 8日 (水)

巨人軍論

Giants 『巨人軍論 -組織とは、人間とは、伝統とは』
 野村克也 角川oneテーマ21(角川新書)

何故、野村が巨人軍論?
強い巨人は常にお手本だったらしい。今は強くないけど、とも。

組織論は置いといて、勝負に関する記述は参考になる。
「野球に対する経験や知識や情報が左脳に蓄えられているからこそ、右脳から正確なひらめきや勘が生まれる。知識やデータ、情報の裏づけのないひらめきや勘は、たんなる思いつきである。/そして、蓄えられたものが大きければ大きいほど、ひらめきと勘は正確になる。勝負とはそういうものだと私は思っているのである。試合は90%が直感力(ひらめきや勘)と読みである。」
だからこそのID(インポート・データ)野球。野球に限ったことではないですね。

この人は天才型ではなく努力型。
「努力は大切である。が、それだけでは大きな成果が得られるとはかぎらない。肝心なのは、努力の方向性と方法論である。それが天性の劣る部分をカバーする大きな力となる。」
確かに、努力してるだけではだめだよなあ、とはよく思います。

評価:7点

期待が大きかっただけに評価は低め。すでに知ってることが多かったので。なにせ、わたくしタイガースファンですから。3年間お世話になりましたから。

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人は見た目が9割

Mitame 『人は見た目が9割』 竹内一郎 新潮新書

売れてるようですが、おもしろくなかったです。
おもしろいかどうかは個人の嗜好によりますけど。。

タイトルから想像するに、人を外見で判断してしまう、というような内容かと思ってましたが、そういう内容ではなく、言葉以外のコミュニケーションについていろいろ調べたものをまとめた本、といった感じです。
全然目新しくありませんでしたので評価低いです。

評価:4点

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2006年3月 6日 (月)

3/5竜門

ニューセール初飛び!
でも条件は南西、いきなり手強いコンディション、上がるんかなあ。。荒れたリフトでグライダーのコントロール性なんかわかるかなあ。。

南西時のセオリー通り、赤屋根へ向かう途中でリフトあり、回してみる、あっ、コントロール軽っ!これ3.5のセールなんちゃう?と思ってしまうほど。セールかたいはずやのになんでコントロール軽いんやろ?

南西というより南風の中1300まで上げて西へ。でも竜門山を離れると海風の勢力圏内?リフトはあっても渋々。結局、目標としていた船戸にも行けず、1時間ちょっとで降りる。ハーネスのチャックがまたまたトラブって開かないままランディングするはめに。慎重にソフトボディランして事なきを得る。これからのクロカンシーズンに向けてちょっと心配。

上げきってからの移動でVG3/4まで引いてみたところ、若干、左にとられた。耐えれるレベルだったので今後リミッターの調整で対応予定。実は飛ぶ前にTやんがVG3/4引いた状態で後ろから見て、これは左にとられるな、と言ってた。さすがTやん。

コントロール軽い原因ですが、後で人から言われて気が付きました。セールはライトスピードSのセールなんですね。Sの売りは軽いコントロール、簡単な答えでした。

セールたたむのが一苦労でした。かたすぎて。。うれしい悩みです。大事に飛ぼうっと。

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3/4荒神

ついにセール交換終了!テストフライトのために荒神へ。リッヂがとれるといろいろ試せるということで17年ぶりに行ってみた。が、風が弱くぶっ飛びコンディション。。残念。。。
とりあえずS匠に飛んでもらい、リッヂがとれるようなら自分でも飛んでみようと思っていたが、コンディションの好転もなく、山沈の回収なんかも付き合って、結局飛ばず。
S匠のテストによるとVGオフでは左右のとられはなし、とのことなので安心して受け取り、翌日の竜門に期待。。

ちなみにセールカラーは「ウルトラセブン」です。かっこいい写真が撮れなかったので代わりにMOYESのHPのトップページを見て下さい。そんな感じです。かっこいいでしょ。

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2006年3月 5日 (日)

Trans Japan 続き

岩屋以東の京北コース、経験者のY浅さんに聞いてみました。以前、岩屋からのクロカンで、亀岡盆地の北端から躊躇せず真東に進路をとり琵琶湖バレイで3000以上上げ琵琶湖の太いところを越えていった人です。今回のTransJapanではもう少し北側のコースではありますが、Y浅さん曰く、可能だ、とのことです。確かに岩屋からのパラのクロカンでも敦賀湾岸までは実績あるのでいけるのでしょう。ただし岩屋からさらに北側へずれていくルートなので男道あってのルートか?今年は男道はやめてもっと安全な南側のルート開拓をする予定です。その予定ルートでは途中から北へシフトさせるも篠山盆地くらいが想定内のため、この京北横断ルートは南西風が強いときのオプションとして頭へ入れておこうと思います。

Tj2

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2006年3月 2日 (木)

Trans Japan

古坂さんがブログで取り上げたTrans_Japan、さっそくチェックしました。中国山地のコースもチェックしました。那岐山通っているし、岩屋の真上も通っているし、そんなに男道とズレていません。問題は岩屋以東、私は篠山盆地を目指して大きく南東へ向かったのに対し、このチームは真東へ少し進んだ後、大きく北東へ向かっている。この辺はおそらくハンググライダーでは無理ではないかと。。さらに琵琶湖の北側を廻っているが、私としては宿題として残している琵琶湖越えを目指します。ブログのタイトルにしたことだし。。。

Transjapan
↑Trans Japan

213_1
↑213km

そろそろ狂乱の春やねえ。。

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またまたマンガ喫茶

今日も(月)と同じマンガ喫茶より、更新。前回のビジネスホテルはあまりにしょぼすぎたので、今日はホテルを替えてみた。駅から徒歩15分でちょっと歩かないといけないけど、ビジネスホテルではなく、リゾートホテルって感じ。料金もそんなに変わらない。(月)のホテルにはなかったドライヤーも温水洗浄便座(しかもNational製!)もあるし部屋も広いし快適。今日は当たりだ、と思いきや、先日入った定食屋、唐揚げがいけてたので今日は生姜焼きをいってみたが、はずれ。。出張先で晩飯をはずすとちょっと疲れが出る。でもマン喫があれば大丈夫。そして明日もう1日頑張れば、天気予報のいい週末が待っている。ついに新しいセールが!

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No

アムロちゃん、3/15にLIVE DVDが発売になりますが、Official web siteがリニューアルされました。

このDVDの中の「No」が公開されました。めちゃめちゃかっこいいです!まあ、見てください。

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