« 8/10のメニュー | トップページ | 池田直前合宿 »

2006年8月12日 (土)

いまここに在ることの恥

Haji 『いまここにあることの恥』 辺見庸 毎日新聞社 06年/7月刊

「自分自身への審問」の次の作品です。

創作欲は旺盛のようです。
では、抜書きを。

「一犬虚に吠ゆれば万犬実を伝う」という。一人がでたらめを語ると、多くの人がそれを真実として広めてしまうものだという後漢のたとえである。小泉執政の5年ぐらいこの言葉を考えさせられたことはない。/・・・/自衛隊のイラク派遣を閣議決定した2003年12月9日、首相は記者会見して海外派兵の論拠を憲法前文に求めると同時に、「日本国の理念」「国家としての意思」「日本国民の精神」が試されているとぶちあげて、前文の一部をわざわざ読み上げてみせた。記者団からは寂として声がなかったが、後の世の若者たちにも恐らく決定的な影響をあたえずにおかないこの憲法解釈はどう考えても間違っている。/もう一つ。2006年の年頭記者会見で首相は靖国参拝と中韓両国の反発にふれて「精神の自由、心の問題、これは誰も侵すことのできない憲法に保障されたもの」と述べた。憲法第19条〔思想・良心の自由〕について語っているらしいのだが、さても安く憲法が使われるようになったものである。いったい第20条〔信教の自由、政教分離〕はどうなってしまったのか。これまた後の世のありようを大きく左右しかねない憲法の意図的な誤用ではないだろうか。

3部から構成されていますが、半分以上を第3部が占めていて、この第3部は講演内容を元にしています。なので話し言葉になっています。

私は人としての恥辱についてもっと語りたいのです。おそらく戦後最大の恥辱といってもいいくらいの恥辱、汚辱・・・そうしたものが浮きでた、特別の時間帯があった。・・・忘れもしない2003年の12月9日です。名前を口にするのもおぞましいけれど、コイズミという一人の凡庸な男がいます。彼が憲法についてわれわれに講釈したのです。まごうかたない憲法破壊者が、憲法とはこういうものなのだ、「皆さん、読みましたか」とのたまう。2003年12月9日、自衛隊のイラク派兵が閣議決定された日です。コイズミは記者会見をして憲法前文について縷々説諭した。こともあろうに、自衛隊をイラクに派兵するその論拠が憲法の前文にある、といったのです。およそ思想を語る者、あるいは民主主義や憲法を口にする者は愧死してもいい、恥ずかしくて死んでもいいほどの、じつにいたたまれない日でした。いやな喩えだけれど、それは平和憲法にとっての「Day of Infamy」でした。/二つの意味で屈辱的でした。最悪の憲法破壊者であるファシストが、まったくデタラメな解釈によって、平和憲法の精神を満天下に語ってみせたということ。泥棒が防犯を教えるよりもっと悪質だと私は思います。・・・/二つ目、コイズミの話を直接聞いていたのはだれだったのか。政治部の記者たちです。彼らは羊のように従順にただ黙って聞いていた。寂として声がない。とくに問題にもしなかった。翌日の新聞は一斉に社説を立てて、このでたらめな憲法解釈について論じたでしょうか。ひどい恥辱として憤激したでしょうか。手をあげて、「総理、それはまちがっているのではないですか」と疑問をていした記者がいたでしょうか。いない。ごく当たり前のように、かしこまって聞いていた。ファシズムというのは、こういう風景ではないのか。2002年に私がだした「永遠の不服従のために」という本で書いたことがあります。やつら記者は「糞バエだ」と。・・・許せないのは、2003年12月9日、首相官邸に立って、あのファシストの話を黙って聞いていた記者たち。世の中の裁定者面をしたマスコミ大手の倣岸な記者たち。あれは正真正銘の、立派な背広を着た糞バエたちです。彼らは権力のまく餌と権力の排泄物にどこまでもたかりつく。・・・言葉を脱臼させ根腐れさせているのは、なにも政治権力だけではない。マスメディアが日々それをやり、情報消費者にシニシズムを植えつけている。あれをもっとも憎むべきだ、軽蔑すべきだと私は思っている。しかしみんながそうだから、脱臼した言葉のなかで暮らしているから、糞バエでも恥知らずに生きていける。・・・

小泉批判を主に抜書きしましたが、名作「もの食う人びと」の頃の辺見庸も健在です。

ソマリアで、飢え死にする少年や少女を見ました。しかし、たくさんの人が死んでいる。でも私はなにもできない。なにもしない。なにもしようとしない。ただ突っ立って見るだけ。そして空調のきいたホテルに引き返すと、パソコンに必死で原稿を打ちこんでいる自分がいる。危険を冒してここまできたのだぞ、という心もちもどこかにあったかもしれません。いい調子で原稿を書く。新聞もよろこんで使う。大きく載る。読んだ人は感動してくれる。本になるとまた売れる。何度も重版する。賞までもらう。めでたし、めでたし、です。が、心は晴れません。屍臭が躰の芯に染みついて、消えることがありません。私は、人にはあまり話したことがありませんが、とてつもなく恥ずかしくなりました。だれに対して?わかりません。たぶん、自分自身に対してでしょう。自分の内奥の眼に恥と罪が誘きだされ、暴かれたのでしょう。記者であることの恥辱。あるいは作家であることの恥辱。そして人間であるがゆえの恥辱。ただ見ることの恥と罪。これがそもそもなにに由来する罪と恥か、その淵源を私はしばらく考えなければなりません。・・・

評価:7点
ちょっとボリューム的に物足りなくて。。

|
|

« 8/10のメニュー | トップページ | 池田直前合宿 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/17887/3028054

この記事へのトラックバック一覧です: いまここに在ることの恥:

» 裏バイトで裏仕事な裏求人情報 [裏バイト]
え、こんなバイトがあったの? 今だけ限定丸秘裏バイト公開中。あなたは、裏バイトを発見できるか?(サイトのどこにあるのか探してみてね☆) [続きを読む]

受信: 2006年8月13日 (日) 14時16分

« 8/10のメニュー | トップページ | 池田直前合宿 »