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2007年11月10日 (土)

たんば色の覚書

Photo 『たんば色の覚書 私たちの日常』 辺見庸

           毎日新聞社 07年10月刊

書き下ろし。辺見庸は死刑反対の立場をとるが、この著作はそれに関する記述の比重が高い。死刑といえば、山口県光市の件がすぐに思い出されるが、それについても言及している。

以下、いつものように抜書き、#は私の感想。

・・・山口県光市の母子殺人事件被告人を極刑にせよと皆でさけび唱和する隣人たちの正義と善意と平安に私は激しい悪心を禁じることができない。あの能弁に戦く。被告人と弁護団を「公共の敵」と呼ばわる群の秩序と平安を私は憎み、おびえる。極刑にせよという声が「人間の生活」の条理を反映しているというのなら、私は「人間の生活」を欲しない。が、私がもっとも憎むのは、「やつを殺せ」という蛮声に眉をひそめるふうをしつつ処刑をいたしかたのないことと内心受け容れて、日ごとの思念から不祥の影をこそげ、おのれはうるわしく生きようという「知」のありようではないか。・・・光市の母子殺人事件被告人と弁護団を「公共の敵」とする全土的ヒスティリアの発生源はなにか。疑わない日常。にかわのように付着するのみで考えない日常。それらの善意はじつは無意識の殺意をはらんでいる。

#死刑が是か非か、という問題は結論の出ない微妙な問題だと思う。

 
処刑には聴診器をもった医官二人も立ちあうのだと聞いた。一人の医官は、縊られて垂線に吊るされたままわずかに痙攣しつづける死刑囚の腕をとり脈をはかる。もう一人は、宙吊りの人物の胸をはだけて、まるで患者にするように聴診器をあて、片手ににぎったストップウォッチに見入る。陰画のなかの聴診器とストップウォッチの知られざる使用法。ややあって一人が告げる。「ゼツミャク(絶脈)!」。もう一人が厳かに宣告する。「××時××分××秒、心臓停止!」。つづいて看守部長が敬礼していうのだそうだ。「本日の執行、無事完了!」「所要時間は××分××秒・・・」。ここに極限のニヒリズムがありはしないか。国家のニヒリズムに勝てるニヒリズムはない。そうではないか。

・・・ルーティンのとおりに死刑を執行しようとする国家意思(幻想)はそれを正当化できるなんらの哲学的根拠ももちえず、死刑制度存続にとりつかれた者たちの日常がはらむ「正気に酷似した狂気」のみを証している。

#辺見庸のことを知らない人のために。辺見氏は、死刑は国家による殺人である、国家が殺人を犯してもいいのか、いいはずがない、という考え方を持っている。

 
以下、死刑以外についての抜書き。

これまではこの先になにかが待っているのではなかろうかと心の端で期待したからこそ、悪心に堪えてきたのではなかったか。まったき破局とかまったき崩壊とかを、正直、心待ちにしてきたのではなかったのか。そんなことはないのだ。破局も崩壊も再生も復活も新生も待ってはいない。破局も崩壊も再生も復活も新生も、じつは、すでにして終わっているのだ。この先にはなにも待ってはいない。この道理がわかるまでに、半世紀以上もかかってしまった。なにも待ってはいないということわりを知るために生まれ、六十年以上ひたぶるに待ちつくし、結果、なにも待ってはいないという結論をもって死ぬる。徒労のようでいて、これはかならずしも徒労ではない。

#わかる。

以下、ですます調なのは2007年7月28日に行われた講演会の草稿を元にしているため。

私がよく行った店のジュークボックスには「Have you ever seen the rain ?」が入っていて、この曲をかけてみた。すると店にいたアメリカ人の客から訊かれたわけです。「おまえ、この歌知っているのか」と。私が「これはバンコクのディスコでかかっていた」と答えると、「へえ」といいます。そしてそのアメリカ人は「shinin'down like waterというのは、どういう意味か知っているか」と訊いてきた。キラキラ光りながら雨のように降り注ぐ。しかもその雨は晴れた日に降る雨なんだ。それは何のことか、と。「いや、おれは知らない」と答えると「これはナパーム弾のことなんだ」という。ご存知と思いますが、ナパーム弾というのはアメリカ軍が開発した兵器です。主燃料材のナフサにナパーム剤と呼ばれる増粘剤を入れた油脂焼夷弾です。これをアメリカ軍はベトナム戦争でやたらと使いました。900度から1300度くらいの極めて高温で燃焼して、広い範囲を焼きつくし破壊する。増粘剤が入っているから人間の体にも建造物にもつよく付着してしまい、殺傷効果は著しく高くなる。「雨を見たかい?」で歌われているのは、じつは残酷な風景だったわけです。

アメリカは侵略戦争をしかけ、そしてそれに対して異を唱える。途方もない残虐な行為を繰り返し、それに対して批判的な表現を生みだしてゆく。すべてアメリカなのです。戦争をしかけるのもアメリカ。反戦もアメリカ。戦争体験の複雑な心情を表現するのもアメリカ。私たちはその残り滓のようなものをありがたがっている。これはいまでもいえることだと思います。もちろんアメリカの反戦運動や戦争にかかわる表現には深く大事なものがたくさんあると思いますけれども、私たちは自前の反戦運動を創りあげることはできず、いつでもアメリカに依存してしまう。これは皮肉ですが、自衛隊も米国式、市民運動も米国式、反戦歌も米国製・・・が事実です。/・・・次はアメリカに赴任しろということでありましたが、私はそれを断って、ハノイに行きたいと会社にいいました。そのときの上司は、まるで私を狂った猿かなにかを見るような眼で見ました。やはりマスコミにとってハノイというのは取るに足らないところというのが本音なのですね。大事なのはワシントンであり、ロンドンであり、東京なのでしょう。でも私はそうは思わない。本当に大事なところは、まだ2歳か3歳の赤ちゃんの背中にナパーム弾が落とされるところであり、子どもが飢えているようなところだと思うのです。そういう場所こそが世界の中心であるべきなのです。世界の中心と私たちをつなげるものは想像力しかありません。必ずしも現地には行けなくても、私たちには想像力というものがある。しかし私たちはいま、他者の痛みにまで届く想像力の射程をもちえているでしょうか。

「雨を見たかい?」の背後にはベトナム戦争があり、それはアフガンやイラクの悲惨きわまりない現実にもつながっている。それは私たちの日常とは関係ないことなのでしょうか。私はまったくそうは思わないのです。/「雨を見たかい?」という曲は日本のテレビのCMで使われました。私はあまりテレビを見ないので知りませんでしたが、日本車のコマーシャルで使われたそうです。ベトナム、アフガン、イラクでの殺戮。死者。回り回って日本のCM。ここには言葉を失うようなこの時代の無限循環構造がある。それは、残虐な死の記憶を背負った曲でさえも、大企業の資本というものは平気で呑みこむということです。私たちの日常とはなんでしょうか。現代史の生々しい記憶は、CMのなかの美しいメロディやカッコいい車の姿によってすべて隠されてしまっている。この曲が本来秘めている驚くような裂け目に私たちが気づくことはまずない。もし気づいたとしても、それを深く仔細に見つめようとはしない。これが私たちのうるわしい日常です。

第一次湾岸戦争、第二次湾岸戦争、イラク戦争と街は破壊しつくされました。米英軍は殺戮のかぎりをつくしました。いまなお日々何十人単位で人が殺され、自爆テロがある。このでたらめな戦争でいまもたくさんの罪もない人たちが死んでいる。・・・その戦争を、世界中で唯一日本だけが正しい戦争といい張る。私は欧州の常識を理想化するつもりなどごうもありませんが、欧州でも、イラクに対する侵略戦争を正当化する人間などまったくの少数派です。イラクの死者たちと私たちの日常とは、遠く離れていると思っているけれども、じつはいちばん近いのです。この戦争を手放しでもっとも支持し、いまも支持しつづけているのはこの国の政治指導者なのですから。しかし、イラクで殺されていく人びとの姿が私たちの眼には視えない。視なくてすんでしまう。視界からしめだしてしまう。想像からも排除する。皆でそうするのです。これが私たちの日常です。これが私たちの日常の文化なのです。

 
抜書きしまくった。自分でふと思ったけど写経みたい?

評価:8点

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