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2008年2月 5日 (火)

鈴木さん

先日の20年祭の折、来海さんの企画で、鈴木さんに関するエピソードを集めてご両親にお渡しするということが行なわれました。同じものを出席者全員に配っていただきましたが、すごい、の一言。阪大PFCではいっしょに飛びに連れて行ってもらった最後の世代となる私の書いたものも入れていただきました。それを上げておきます。①については過去にここでも書いたものです。

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鈴木さんのエピソードといっても短いお付き合いでしたのでネタは持ち合わせてはおりません。ただ私にとって鈴木さんはたいへん重要なポジションの方であり、その辺りのことを書きます。

①私とHGとの出会いについて
 一浪時代、日曜のお昼にTVで「鶴瓶と花の女子大生」という番組をやってました。花の女子大生ですよ、浪人中だし見るでしょ!その中に「今週の若様」というコーナーがあって、身近にいるかっこいい男子(今でいうところのイケメン)を紹介してまして、そこに阪大でハンググライダーをやっているという人が出てきて、この人がかっこよかったんですよ。当時は阪大ではなくて京大目指して勉強してたので記憶に留めていたにすぎなかったんですけど、諸般の事情で目標を変更することになって阪大に入学しました。で、すぐにHGのサークルを探して入部した、というわけでは全然なく、その存在は確認しつつ、別のサークルをいろいろ物色しておりました。第一希望の軟派なテニスサークルからは定員オーバー、もう男子はいらん、と言われ、高校まで水泳をしていた私はウィンドサーフィンがしたくてそのサークルを探したが見つけられず、他にもいろいろ話を聞きに行ったりして何をしようかなあとぼやぼやしているうちに、同じ高校から阪大に入学した野竹君、中島君がPFCに入部し、また同じ学科の大槻君がPFCに入部し、彼らの勧誘もあり、じゃあやってみようかなあ、とまったく主体性を持たずして阪大ハンググライディングチーム(PFC)に所属することになったわけです。入学前からのインプットがそういう方向へ私を押したのかもしれません。
 というわけで、私とHGとの出会いは、鈴木さん、です。

②初クロカン
 四国へのツアーに何度か連れて行っていただき、鈴木さんや来海さんのクロカンの回収を奥田さんの回収教室のもと何度かやっておりましたが、ついに自分がクロカンに出るチャンスがやってきました。鈴木さんがなぜか戸上さんのボールのバリオを持っておられそれを貸していただいたのです(戸上さん、今まで内緒にしてました、ありがとうございました)。徳島県美馬町の三頭山からTO後、同じサーマルの上の方からどんどん先輩たちが東へ出て行きます。そして私も上昇しながら始めて見るアルチの表示から目が離せず、よし1300になったら出て行ってやろう、と決心し、その1300の数字を見るやいなや東へ向かいました。そして次のサーマルで上げグライドするも、どうも向かい風っぽい。。後で聞くと賢明な来海さんはランディングに戻ったらしい。そんなことはおかまいなしにグライドするもみるみる高度はなくなり降ろす場所を探し始めると降りているグライダーを発見し、その真横にランディングしました。そのグライダーの主は鈴木さんだったのです。私にとっての初クロカンは、鈴木さんと同じところまで飛んだ!ということでたいへんうれしいフライトとなりました。その横で鈴木さんは、TOが見えるところに降りてしまうなんて、、とがっくりきてましたが。。距離にして13.2km。今ではクロカンとは呼べません。。そんな私の記録も今ではそれからちょうど200km延ばすことができました。
 213kmの日本記録を出したときのうれしさも、13kmの初クロカンのときのうれしさも私にとってはまったく変わりません。

 

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