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2008年9月25日 (木)

風塵抄

Photo 『風塵抄』 司馬遼太郎 中公文庫

 単行本は91年刊

産経新聞に月1回掲載されていた随想を本にしたもの。なので1つ1つが短い。短すぎて個人的には好みではない。読みかけで放ったらかしてたものを引っぱり出してきて読了した。

あとがきに、以下のように書いている。
一冊の本になってみれば、一章ずつの枚数が少ないこともあって、書いていることがしばしば象徴化してしまい、読みにくいものになっていることに気づいた。

謙遜で書かれているのだろうが、実際読みにくかった。

以下、一つだけ抜書き。

四十の関所
・・・/三十代までは使い走りでもできる。人のためにたばこを買いにゆくことができるし、タクシーが見つからねば雨の中を一キロも走って目あての時刻の電車に飛び乗ることもできる。まことに軽快で、小気味いい年代である。/四十男は、そうはいかない。/管理職にさせられたりして、ちょっと重々しくなる。/人や仕事を管理する能力など、本来稀有なもので、まず徳がなければならない。徳など、若いころから自分を無にして他者や仕事に奉仕できるように自分を訓練してきた人にしてはじめてできるもので、年功序列がその徳をつくるものではない。/私の経験では、組織のなかのしごとというのは、変な会社の場合、組織の秩序維持のためにある。ひとびとはつねに無用の放電をしていて、よほど徳のある上司を得ないかぎり創造への意欲など充電されずに減ってゆくものである。/・・・/私は、初対面の四十代の人には、心から、大変ですな、と思ってしまう。/・・・/人は四十代で人格ができあがるようである。よき四十代の人が、六十、七十になった場合、ただ存在しているだけでひとびとの心をあかるくするにちがいないし、老齢化社会についての問題の一部も解決するかもしれない。/四十代で鬼相を呈しはじめる人もある。むやみに権力好きになったり、また自己の利益にとらわれて他が見えなくなっている人がいる。・・・/以上のように見てくると、四十の関所というのは、容易ならざるものらしい。

いくら司馬遼太郎のファンとはいえ、つまらなかったものを他人に推薦するわけにはいかない。つまらない本を読む時間ほどもったいない時間はない。低い点数もしっかり書いていきたい。

評価:3点

 

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