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2008年12月 8日 (月)

尻啖え孫市

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『尻啖え孫市(上・下)』 司馬遼太郎 角川文庫 初版は昭和44年刊行

講談社文庫にあったものが、この10月に角川文庫から新装版として発刊され本屋に平積みされていたので手に取った。予備知識なしで読んだが思わぬ拾い物だった。

時代は戦国、信長の時代。主人公は和歌山の雑賀孫市。
舞台は主に和歌山と大阪。地名になじみの深い場所が多く出てきてうれしい感じ。

解説にも書かれている、「司馬遼太郎の小説には"余談"が多い。作者自身は"無駄ばなし"とも言うが、その余談がおもしろい。」と。まさしくそう思う。

その余談を紹介。#は感想。

浄土真宗は、ふつうの仏教とはちがい、その本質においてキリスト教と似ている。阿弥陀如来を絶対神(ゴッド)とすれば、いわば一神教であり、その教えは、「救われる」という考えがモトになっている。いわゆる仏教というものは、自分で自分の力によってサトリをひらいてはじめてホトケになれるのであって、「絶対救われる」という考えかたはない。浄土真宗では、絶対に救われるのである、悪人も善人も。

親鸞は、野に立つ一思想家にすぎず、みずから「弟子はもたぬ」といったひとで、いわば教団をつくることを否定していた。/ところが、その子孫が教団を作った。それが戦国期になって世界的な大教団にふくれあがってしまった。/教団を統率するとなると、ケレンが要るのである。/まして全国の門徒を率い、それを喜々として討死せしめるには、多少のまやかしが必要であった。戦国の本願寺門徒たちは、宗祖親鸞の教義によってよろこんで死についたのではなく、むしろ、この教団的なまやかしによってかれらは勇敢になった。/「進むは極楽、退くは地獄」などと、戦国の教団は門徒に教えた。人間を侮辱した悪虐というほかない。こういう人の悪さは、宗祖親鸞にはむろんなかったし、親鸞からみれば、「異安心」である。/が、本来、教団というものは人の悪いものだ。古来、どの宗教どの宗派にもこの点はかわりはない。

#そう思う。今年から家に仏壇を置いて「南無阿弥陀仏」と毎日唱えているが、宗教心はないなあ。。

 
この時代は男色の流行時代で、上杉謙信など神仏に誓って女色を断ち男色専一に生きたひとだし、織田信長も有名な森蘭丸などの寵童があり、徳川家康のような平衡感覚のゆたかな(つまり平凡な)ひとでさえ例外でなかった。彦根井伊家の家祖である兵部大輔直政は童名を万千世といい、15歳で家康に仕え、夜の伽にも出た。ただこの時代の寵童は、いまのゲイ・ボーイのようなものでなく、上杉謙信の寵童あがりの直江山城守は、戦国人のなかでももっとも男臭い武将であったし、森蘭丸は武勇に猛く、井伊直政は、後年つねに徳川軍の先鋒をうけたまわるほどの武将であった。

#戦国武将は好きだがこの手の話はちょっと、、来年の大河ドラマの主人公も寵童あがりだったのか。。

 
謙信と、甲斐の武田信玄とは、おそらく世界史上で論じても、これほどの戦さの名人は5人とはいないであろう。

#すげえ、高評価。

 
さらに解説から紹介。「1963年7月から翌年にかけて、「週刊読売」に連載されたもので、同時期に「竜馬がゆく」や「燃えよ剣」「国盗り物語」などの連載が進められている。」
もっとも脂ののっている時期か。「竜馬が~」も「燃えよ~」も「国盗り~」も全部10点。

そしてこれも、

評価:10点

 
余談だが、竜門から雑賀城アウトアンドリターンを狙おう。(片男波の近所ね)

 

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