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2009年6月21日 (日)

脳死は人の死か?(4/4)

4回シリーズ最終回。

以下00年2月に書いたもの。一部、赤字にしてみた。

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Photo_4『「脳死」と臓器移植』

梅原 猛 編  朝日文庫99/12刊

読書採点(10点満点)

○  総合          7点

ちょっと感想:
 92年刊のものに一部加筆されたもので、著者名のところに編とあるように17名による脳死と臓器移植への反対論、慎重論の論文集です。内訳は、医学の立場から6名、法律の立場から5名、哲学・宗教の立場から5名です。この中には「脳死臨調」「答申」にて「「脳死」を「人の死」とすることに賛同しない立場で」と題した反対意見
を執筆した4名を含みます。

術後管理と長期予後の問題
 移植後の拒絶反応は避けられないものであり、その拒絶反応を抑えるためには人体の持つ免疫力を抑えなければなりません。「長期にわたる強力な免疫抑制療法は、いわば人工的にAIDSと同じ状態を作り出すことであり、移植を受けた者は常に重い感染症の危険に晒される。感染を恐れて免疫抑制剤を減らせば、今度は拒絶反応が起こるわけで、移植者の生命の維持はこの両者の間の綱渡りにかかっていると言われている。」心臓移植で助かっても、その後かなりたいへんらしいです。

社会的合意の問題
 「「あなたの知人が脳死になったら、お香典をもって行きますか、それともお見舞いをもって行きますか。」医学的にどうあれ、法律的にどうあれ、患者の家族の気持ちを思いやったら、香典をもって行くべきではない。香典をもって行く側も不思議に思わず、受け取る側も不思議に思わなくなったとき、脳死を人の死とする習俗が成立したと言えるのであろう。ただし、このような設問を世論調査で使うのは、避けるべきである、誘導的であるかもしれない。」極端な質問ですが、わかりやすくてちょっとおもしろいと感じました。
 日本人の死生観は多様であり、現代ではそうした人々の選択をきちんと保証することが求められているため、脳死と臓器移植に関しては現行でOKでしょう、という見方の人が多かったように感じました。

 いろいろ本を読んでレポートもいろいろ書いてきましたが、けっきょくのところ、「現に呼吸が維持され血液が循環して全身組織の代謝が行われているならば、それは生きている人間であって死体ではない」ということではないでしょうか。

 やっぱり私のドナーカードでは、脳死からの臓器移植はNOです。

本論から少しズレますが、梅原猛のデカルト批判の部分はおもしろかったです。デカルトといえば「我思う、故に我あり」の人です。哲学に興味のある方は梅原氏の部分だけでも読んでみて下さい。

 

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