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2011年9月28日 (水)

憂鬱でなければ、仕事じゃない

Photo 『憂鬱でなければ、仕事じゃない』

 見城徹×藤田晋  講談社 2011年6月刊

見城氏は幻冬舎社長、藤田氏はサイバーエージェント(アメーバが有名)社長。

タイトルに惹かれて購入したが、タイトルと本の内容はあんまり関係なかった。

見城氏がすごい人だということはよくわかった。が、自ら語っているため、自慢話ばかりでうんざり、という評価が多い。仕事で成功している人の自慢話にはそれなりの価値がある、と私は思う。

以下、抜書き。

 
○藤田氏
ネットのようなデジタルな世界で仕事をしていると、つい合理性だけを突き詰めて人間関係が希薄になりやすい。・・・しかし、ビジネス社会は人間社会であって、お互いの信頼、信用なくしては成り立ちません。実際、仕事は人間的で泥臭いものであり、義理や人情抜きで成功することはありえない。

 
○見城氏
かけた電話を、先に切るやつが信じられない。かかってきた電話で、「ガチャッ」という音が受話器から聞こえると、もうこの野郎とは、二度と口を利くものかという気になる。/・・・/電話をかけることは、断りもなく、人の家にあがるのと同じくらい、自分勝手なことだ。切る権利はいつでも向こうにあり、こちらにはない。なのに、こちらから切るのは、主客転倒もはなはだしい。

 
○藤田氏
何事でも、「結果ではなく、プロセスを評価してほしい」という人がよくいるけれど、僕はこれを聞くたび、ただならぬ違和感をおぼえます。/・・・プロセスを評価してほしいと本人が考えているとしたら、一体どこに焦点を合わせて仕事をしているのか心配になります。そういう人が結果を出したのを、僕は見たことがありません。/結局、仕事とは勝負なのです。勝とうとしなければ、勝てるわけがない。プロセスというのは、結果論で得られる副産物に過ぎないのです。/結果を出せる人は、見た途端にわかります。目つきが違う。それは獲物を狙う、タカのように厳しい。初めから、勝ちに行こうとしている。そこにプロセスを評価してほしいという甘えはありません。

 
○見城氏
ふつう人は、憂鬱なこと、つまり辛いことや苦しいことを避ける。だからこそ、あえてそちらへ向かえば、結果はついてくるのだ。/楽な仕事など、大した成果は得られない。憂鬱こそが、黄金を生む。/マルクスは、人間を受苦的存在と規定した。ドイツ語で受苦とはパッション、つまり、情熱を意味する。苦難と情熱はワンセットなのだ。人間は苦しいから、情熱を感じ、それを乗り越えてゆけるということである。

 
○見城氏
トレーニングは、決して楽しいことではない。始める前は、憂鬱でしようがない。でも僕は、自分を苦しめていない奴はだめだと思う。自分を追い込み、憂鬱なことを乗り越える。そうすることが、仕事をする時の姿勢に、大きな影響を及ぼす。/そもそも仕事とは、憂鬱なものだ。

 
評価:8点

 

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