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2011年11月24日 (木)

がん 生と死の謎に挑む

Photo_7 『がん 生と死の謎に挑む』

  立花隆 文藝春秋 2010年12月刊

まず、「はじめに」より抜書き。

○本書は、2009年11月23日にNHKから放送されたNHKスペシャル「立花隆 思索ドキュメント がん 生と死の謎に挑む」と一体になった本である。「一体になった」とはどういうことかというと、この本が読者として基本的に想定しているのは、あの番組をすでに見た人だということである。/・・・取材対象者は、いずれもこの世界の第一人者として定評のある先生方ばかりである。そもそもがんとはいかなる病気なのかという、がんの本質の掘りさげ方において、今回の番組は、行きつくところまで行きついたといえるだけの水準に仕上がったと思っている。よくぞこれだけの顔ぶれをそろえたと専門家もビックリの取材対象者をそろえ、がんについて知っておくべき基本的事実と、がんについて考えるときにおさえておくべきポイントを、すべて織りこんだ圧倒的な情報量の番組ができたと自負している。/がんについて語るとき、あの番組の内容を前提に語りだせば、一度に深いレベルに入っていけるが、そうでないと読者を同じレベルまで導くことは活字だけでは著しく困難である。ぜひともまずはあの番組を見てからこの本のページをめくっていただきたい。/・・・この本には同番組を収録したDVDが付けられている。この番組をまだ見ていない人は、まずこのDVDを見てしまってほしい。

 
というわけで、この本はDVD付き。
4年前におかんをがんで亡くし、3年前に義父をがんで亡くし、がんについてはある程度予備知識はあるが決して詳しくはない。遺伝的に考えると自分もがんとなる確率は低くないので、ちょっと勉強しようと思って出版されてすぐに購入した本だが、このDVDを見る時間が取れなくて、1年も放ったらかにしてしまっていた。

では、いつものように抜書き。
かなり多い。本丸々1冊抜書きしたかも。。

 
○日本人の2人に1人はがんにかかり、3人に1人はがんで死にます。

 
○がんは少数の例外をのぞくといまだに完全治癒が期待できない病気なのです。ここはがんの根本認識にかかわる大事なところだから繰り返しておきますが、完治が期待できるのは、ごく少数のがんで、大半のがんは完治が期待できないのです。/そこから容易に導けることは、がんとあくまでとことん闘おうとしても、その闘いはほとんど徒労に終わることが予想されるということです。がんという病気との正しい折り合いのつけ方は、「あくまで闘う」ことにあるのではなくて、「がんと共生する」というか、「がんとほどほどの関係を保つ」ことにあるのではないかと僕は思っています。/ほどほどの関係を保つとはどういうことかというと、がんを凶暴にさせないように気を遣うが、さりとて、根治をめざして、がんをとことん叩きのめそうなどとも思わないということです。がんを、症状がどんどん悪化する「進行がん」にしないように努めるが、一方根治も求めず、せいぜい症状が悪化も改善もしない安定状態(腫瘍が大きくも小さくもならない「不変」状態)をもってよしとするということです。このあたりは、人生観、価値観がちがう人がいるでしょう。「自分は考えがちがう。あくまで闘う」と反発する人も沢山いるでしょうが、とりあえず、僕はそう考えているということをまずは申しあげておきます。

 
○個々のがんの病がたどる大筋の運命は多分相当前から決まっている(たいていのがんは目に見える症状が出る前の十年、二十年で大筋が決まってしまう)のでしょうが、個々のがん患者の運命は、その先の、個々の患者の意志決定と肉体の個々のシチュエーションにおける応答によっていくらでも変わっていくものです。医療の意味はそこにあるのです。そして、医療における患者自身の意志決定(インフォームド・コンセントなど)の大切さもそこにあるのです。あらゆるがん患者において、これからどのように生きていくか、あるいはどのように死んでいくかについて、もっとも大事な部分は患者自身の決定にまかされているのです。

 
○医者の中には、患者を安心させるために、いろんなことをいう人がいます。しかし、それは必ずしもアテになりません。たとえば、「がんはもう不治の病ではありません。がんは治る病気なんです。がんは怖くありません」などという人もいますが、そんなことはありません。がんは基本的に怖い病気です。不治の病かそうでないかといえば、治癒という言葉の定義にもよりますが、本質的には不治の病といったほうが正しいのです。/しかし、がんが治ったように見える場合もあるし、医者がそういう表現をする場合もあります。でも、それはより正確にいえば、がんが見えなくなったというか、通常の検出手段では検出不可能なレベルに小さくなったというにすぎないケースがほとんどです。手術をして、目に見える病巣はすべて取り去り、一定の観察期間を経過しても、どこかに転移している様子が全く見られないというときに医者はそのようにいうことがありますが、それは必ずしもがん細胞がゼロになったということを意味しません。がんは基本的に、がん細胞の数が十億以上の細胞塊になったとき(重さにして1グラム、径にして1センチメートル)が検出限界で、それ以下のがん細胞のかたまりは、見つけることができません。/しかし、検出にひっかからなくてもそれ以下のがんはいつでもあり得るのだということを知っておく必要があります。手術して取ったはずのがんがしばしば何年かたってから再発するということがあるのはなぜかというと、微小転移したがんが時間の経過とともに、大きく育って、検出限界以上になってしまったということがあるからなのです。ですから、検査でがんが消失したように見える場合でも、良心的な医者は、安易に「あなたのがんは、根治しました」などとはいわず、将来再発の可能性があることをはっきり告げるものです。

 
○抗がん剤は次から次へと新しいものが登場してくるのですが、使いはじめてしばらく時間がたつと、がん細胞は、その抗がん剤に対する薬剤耐性を獲得して、その薬が効かなくなってしまうのです。/この薬剤耐性の問題が片づかない限り、抗がん剤の世界は、新薬が次々に登場しても、薬剤耐性との間で、永遠のイタチごっこを繰り広げることになりそうだというのです。/なぜそれほど薬剤耐性の問題は解決が困難なのかというと、遺伝子が本質的に変異を起こす能力を持っているからです。その能力によってすべての生命体は進化してきたということがあります。つまり変異を起こす能力というのは生命体の本質みたいなところがあるのですが、この薬剤耐性の問題の根底にそれがあるのです。新薬を開発しても、すぐにがんのほうで変異を起こして、新しい薬剤耐性能力を獲得してしまうのです。/・・・がんと変異と進化能力とは切っても切り離せない関係にあるわけです。がんの最も本質的な部分はここにあるといってもいいでしょう。

 
○人ががんになったというニュースが広まったとたん、「(がんには)これが効いた」「あれが効いた」というようなことをいいにくる人がよくいるものです。大半の人は根っからの親切心でそういいにくるのでしょうが、それはしばしばうんざりするほど多くなって、話を聞くだけでいやになります。しかも実際に効くものはほとんどありません。/なぜなら、がんに関する真実は、個々バラバラだからです。ある人にとっての真実が、必ずしも別の人にとっての真実にはならないのです。ことがんに関しては、きちんとしたデータに基づく話ができない素人の話を聞いてもあまり意味がありません。/近年急速にわかってきたことは、一つ一つのがん、一人一人のがんが驚くほどちがうということです。がんには個性がありすぎるくらいあるんです。・・・「極端なことをいえば、ほとんど、患者の数だけちがうがんがあると考えたほうがいいくらいだ」という研究者すらいます。/なぜそんなにちがうのかといえば、がんという病気は本質的にその人の遺伝子に蓄積した変異の積み重ねがもたらすものだからです。その変異の積み重ねはその人の個性そのものというか、その患者の個人の歴史を反映したものだからです。個人個人がみんなちがった人生を歩んできたようにその人のがんもちがった人生の反映なのです。だから、患者Aのがんと患者Bのがんが、ちがった病態のがんになるのは当然のことなのです。同じがんはこの世に二つとないのです。最近よく医学会全般でオーダーメイド医療の必要性が叫ばれていますが、がんこそいちばんオーダーメイド医療が必要とされる病気だといってもよいでしょう。/だから「あれが効いた」「これが効いた」の話も、必ずしも全部が全部インチキ話なのではなく、それぞれにそれなりの真実を含むエピソードが背後にある話なのだろうと僕は好意的に解釈していますが、そこに真実のかけらがあるからといってそれはがんの世界では一般化できる話にならないということをいっておきたいと思います。

 
○医学関係の番組の場合、放送後しばしば、視聴者から手紙や電話で抗議の声が寄せられることがあります。ここがちがう、あそこがおかしいという指摘です。けっこう医者からの抗議が多いといいます。ところが、この番組に関しては、全く抗議がありませんでした。それは、これまで医学界全体が国民に伝えてこなかったことを番組が思いきって伝え、しかもその内容にウソが含まれていなかったからだと思います。/NHKがこれまで作ってきたがん番組には、患者にいたずらに夢を持たせがちの内容のものが少なくありませんでした。それに対して、この番組はむしろ、厳しい現実を正直に伝えることを目的としています。/しかし、かといって、「患者の皆さん、絶望してください。がんはこれほど恐ろしい病気です」ということを伝えようとした番組ではありません。シチュエーションとしては絶望的というに近い状況だが、一人一人の患者個人の生き方の問題としては、決して絶望することはないのだということを伝えようとした番組でもあります。

 
○胃がんなら胃を全部取った、半分取ったなどというケースがよくあるし、大腸、結腸なら、相当部分を摘出して、人工肛門を付けざるをえなかったなどというケースもよくあります。がんの患部だけをピンポイントで切り出すということはほぼできなくて、予後の安全(周辺組織への浸潤を防ぐ)のためにも健康な部分もいっしょに大きくえぐり取らなければなりません。放射線療法の場合も、ピンポイントで患部だけに放射線をかけることはできなくて、健康な部分を含めて放射線をかけることになりますから、どうしたって副作用から逃げきれません。

○副作用が特に深刻なのは、化学療法といわれる抗がん剤治療の副作用です。抗がん剤は、がん細胞の増殖を止めようとします。しかし抗がん剤は、がん細胞だけにピンポイントで作用するということができません。抗がん剤を服用するとそれは血流にのって、全身のすみずみまで運ばれていきます。手術や放射線は、ピンポイントではないにしろ、患部だけに働きかける局所療法ですが、抗がん剤は、全身療法にならざるをえないのです。その副作用は全身に及びます。/がん細胞の際立った特徴は、その急速な増殖にあります。がんとは、ある部分の細胞がとめどなく増殖するようになる細胞の病気です。抗がん剤はその増殖をおさようとする薬です。しかし、がん細胞の増殖だけをおさえることができないので、あらゆる細胞の増殖をおさえようとします。だから、抗がん剤の副作用は大きいのです。/人間の体は、すべて新陳代謝していきます。六十兆の細胞がみな新しい細胞に置き換わることを日々つづけていく(すべての人において毎日平均数千億の細胞が新しい細胞に置き換わっている)から、人間は生きているのです。細胞はみな細胞分裂によって新しい細胞になっていきます。それをおさえようとするのが抗がん剤ですから、抗がん剤は、人体のすべての細胞のナチュラルな働きを止めようとする薬だともいえるわけです。いってみれば、抗がん剤は生命の自然な働きに反する薬なのです。だからつらい副作用がいろいろ出てしまうのです。/人体の細胞の中にも、新陳代謝のスピードの速い遅いがあります。新陳代謝のスピードが速いところは、細胞分裂がそれだけ活発なところです。抗がん剤は細胞分裂が活発ながん細胞に働きかけてその細胞分裂を止めようとします。すると、がん細胞以外の、もともと細胞分裂が活発なところにもその働きかけが及んで、そこの細胞分裂を止めようとします。抗がん剤の副作用の第一が頭がハゲることになるのは、そのためです。毛根は体の中で細胞分裂が激しいところだからです。副作用の第二は気持が悪くなり、吐き気がしたり、食欲がなくなったりすることです。これは胃腸など消化器の粘膜部分が体の中で最も新陳代謝が激しいところだからです。胃腸の粘膜は、数日の間に全部入れかわるほど、新陳代謝が激しい(細胞分裂がさかんな)ところなのです。/実はそのように細胞分裂がさかんに行なわれている場所は同時にがんができやすい場所でもあります。がんとは細胞分裂システムが狂うことですから、そのように、細胞分裂が常日頃から激しく行なわれている場所こそ狂いが生じやすいのです。

 
○抗がん剤の最大の副作用は、「骨髄抑制」といって、骨髄の造血機能そのものを障害することにあります。抗がん剤を服用するようになると、たちまち白血球の数がどんどん少なくなります。そのため免疫力がガクンと低下してあらゆる感染症にかかりやすくなります。・・・/骨髄の造血幹細胞は、赤血球、白血球などの血液成分を造るだけでなく、人間の免疫作用の主たる担い手であるリンパ球(B細胞、T細胞、ナチュラルキラー細胞)も造っています。抗がん剤の障害作用はここにも及ぶので、患者の免疫力は著しく低下します。/ここで見逃せないのが、それらの免疫細胞が最も活躍する場が、体内の粘膜層だということです。そこは細菌、ウィルスなどの外敵がいつでも折あらば体内に侵入してやろうと虎視眈々と狙っている場所ですから、体内からは、いつでも侵入者を撃退すべく一連の免疫細胞が待ちかまえていて、そこは両者の食うか食われるかの大闘争が常時繰り広げられる場になるわけです。その大切な粘膜層が抗がん剤の作用でズタズタボロボロにされれば、当然免疫力が低下します。かくして抗がん剤は、免疫細胞そのものの生成を阻害するのと、免疫細胞の生活と活動の場を奪うのと二重の意味において、人間の免疫力を低下させるわけです。/その結果として、患者はあらゆる病気にかかりやすくなります。それでどうなるかといえば、患者は、がんでは死ななかったが、他の病気で死ぬという結果に終わる可能性が相当あるのです。つまり、抗がん剤を服用しつづけた結果の死が、必ずしもがん死統計にのらない形の死になることもあるということです。/それはある意味で、抗がん剤の広義副作用による死といえるでしょうが、そのようなカテゴリー分けがあるわけではありませんから、それは統計上あらわれてこない副作用死です。しかし、知っている範囲の具体的がん死のケースで、遺族が「抗がん剤が効いて、がんのほうは縮小しつつあったのですが、急に肺炎がひどくなって・・・」などといっているのを聞くと、僕などは「たぶん、医者からそう聞かされているのでしょうが、ほんとのところ、それは抗がん剤の副作用としての免疫力の低下死だったのではないですか」といいたくなるようなケースだということです。

○大ざっぱにいえば、延命効果はせいぜい2ヶ月程度です。そもそも抗がん剤が抗がん剤と名乗ることを許されるためには臨床試験で2ヶ月程度の延命効果があることが証明されなければならないという規定がありますから、2ヶ月の延命効果があるのは当然なのですが、それ以上のものにはなかなかなれないということです。/がんの治療は、手術、放射線などの物理的療法を終えると、あとは抗がん剤治療(化学療法)しかなくなります。しかし、抗がん剤にできることはかぎられています。抗がん剤で完治が望めるがんは、きわめてかぎられたものです。小児がん、液性のがん(白血病などの血液がん)は確かに抗がん剤によって治る病気になったということができますし、リンパ腫なども抗がん剤治療によって治ることが期待できます。しかし、その他一般の固形がん(血液がん以外のがん)については、絨毛がん、睾丸腫瘍、肺細胞腫瘍など以外は、完治が望めず、症状緩和、延命効果しかありません。

 
○がんが末期に向かう中で、がんに何らかの積極的治療ができる時期もあるけど、そういう時期をすぎて、「積極的治療はもう何もなし」といわざるをえない時期がどうしてもくるのです。・・・/そのときに登場してくるのが、「こういう療法があります。こういう手があります。これだけの実績があります。がんが治った人がこれだけいます」といったことをならべたてて、まっとうな医療機関から見放された患者たちに誘いの水をかけるのが、いわゆるがん「代替療法」の世界です。この代替療法に費やされる金額のほうがまっとうながん医療に費やされる金額よりはるかに大きなものがあるという現実があります。

 
○がんの特効薬はいまや国際的詐欺師たちの絶好のネタになっています。世の中には人を欺すために作られた怪しげな雑誌や学会が国際的にゴマンとあるのです。横文字の文献が付いていてもすぐに信用せず、少しでも怪しいと思ったら、インターネットで二重三重に検索してみて、信用性を徹底的にチェックするべきです。/夢のような話は、まずは怪しいと思ってまちがいありません。この世界、夢のような話は現実にはないんです。本当に夢のような話だったら、とっくに、新聞、テレビ等のメジャーなメディアが大々的に取りあげているはずと思ってください。公的メディアを通さず、「あなただけに教えます」という形をとったヒソヒソ話はすべて怪しいと思ってまちがいありません。

 
○「なぜそうなるのかはよくわからなくても、確かに再発率が下がるというので、はじめは半信半疑、後には実績(データ)から当然という感じで標準療法に取り入れています」と・・・。医学の世界は、理論より証拠が優先する経験科学の世界ですから、訳がよくわからなくても確かに効くならそれでよいのです。だって、伝統的によく使われている薬品の相当部分がなぜその薬が効くのか、薬効を理論的によく説明できないままに使われつづけている(あるいはずっと後になって薬効の説明がついた)という例が少なからずあるんです。/科学がこれだけ発達した今日、たいていのことはすでによくわかっているにちがいないと思っている人が多いかもしれませんが、事実はその正反対で、ジャンルを問わず、よくわからないことが大部分です。人智は浅すぎるほど浅いんです。がんという病気についても、どれほどわからないことが多いか知っておくべきです。

 
○がんの末期になると、医者から、「正統医療としてはあなたに施す治療法はもう何もありません」といわれる段階が来ます。医者に見放されるわけです。/この段階になると、がん患者はみんな、ワラにもすがる気持ちになる。そうなったとき、ちまたに出回っている代替療法の「あれが効く」「これが効く」話に飛びつくようになる。そういうものはだいたい費用が、バカみたいにかかるんです。一回の投与で、何万円とか、何十万円とかかる話が結構ある。それでも小金がある人はそれに飛びつく。どうせ冥土にお金は持っていけないからと、そういうものにダメもとで手を出す。いくらお金がかかってもつかむワラ、という意味で、「黄金のワラ」というわけです。そういう言葉が、がん患者、がん難民の間で広まっている。

 
○戸塚さん(物理学者、高エネルギー加速器研究機構長)、筑紫さん(ニュース23の筑紫哲也)のお二人がつづけて亡くなったときはいささか動転しました。お二人とも、その最後のステージが驚くほど急速に悪化して、本当にあっという間に亡くなってしまわれたからです。/かねてからがんは「『まさか』『まさか』の病気」(最終ステージの進行が速くて、「まさか」と思っているうちにあっという間に亡くなってしまう)と聞いていましたが、お二人の急な訃報を聞いたときは本当に「まさか」と思いました。お二人の最後の急展開を目の当たりにして、がんという病気の恐ろしさ、手ごわさを改めて思い知らされました。

 
○どんながんも何らかの検査にひっかかるのは、大きさが直径1センチ、重さ1グラム、細胞数が十億に達してからだということだ。それ以前のがんは肉眼で観察してもそれと分からない「見えないがん」なのだ。一個の細胞からはじまってそこにくるまでに、たいてい十数年から二十年くらいかかっているはずだが、その間ずっとがんは見えないのだ。

 
○内視鏡はいま日本のものが世界でいちばん進んでおり、世界市場のシェアも日本がいちばん。知る人ぞ知る日本の最大のハイテク輸出品の一つだ。トップ企業はカメラメーカーのオリンパス。カメラメーカーとしてつちかった光学技術、電子技術、精密機械技術を生かして、他の追随を許さない製品群を持っている。

 
○「電気メスは電圧をかけると、ほんとに鋭利に切れて、シャーっという感じになります。電圧をかけないと全く切れないから安全です。それで一回切ったあと、次に切るところに電気を切ったメスをもっていって、そこを押してみたり、ひっかけてひっぱってみたりして、あたりを取るんです。大事なのは、そのときの指先の感触です。あたりを取れば、あとは息を吐いた瞬間を狙ってフットスイッチを踏んで電気を入れれば、シャーっと削れるわけです。その繰り返しです」/いやー、それは名人芸ですね。/「そんなことありませんよ。ちょっと年季をつめば誰でもできます」/どんな世界でも、その道の達人といわれる人に芸の道を聞くのは面白いものだが、西松医師の相手の呼吸を合わせて「シャーっと削る」という話にもそれを感じた。

 
○がん遺伝子と呼ばれるものの多くが、生命体の初期発生過程や、細胞活動の最も基礎的な過程に不可欠の役割を果たしている。たとえば細胞内の生理物質から生理物質に情報を伝えるシグナル伝達物質の多くがオンコジーン(発がん遺伝子)ないしその産物なのである。だから、たとえば、がん遺伝子を全部ノックアウトして、がん遺伝子フリーの生物を作ろうなどと思っても、そんなことはできない。そんなことをしたら、その生命体そのものが死んでしまう(生きつづけられない)からである。/我々(ヒトだけでなく生物のすべて)は生きているかぎりがん遺伝子から逃れることはできないのだ。生きることそれ自体ががん遺伝子のおかげという側面があるのだ。別のいい方をすれば、我々はがん遺伝子と共存してきたおかげでここにこうして生きているのである。がん遺伝子とは、これからも共存していかざるをえないのである。もちろん、がん遺伝子イコールがんという病気ではないから、がん遺伝子と共存しつつがんという病気をコントロールすることが可能と期待され、研究もその方向を向いている。

 
評価:10点

 

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