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2011年11月 1日 (火)

日本人の誇り

Photo 『日本人の誇り』 藤原正彦

  文春新書 2011年4月刊

よく売れている。帯にあるように、250万部以上を記録しているベストセラー「国家の品格」の藤原氏の著作。

日本の近現代史を書いた本であり、そこから、日本人よ誇りを持て、という主張をしている。

近現代史はやっぱりとっつきにくく、万人受けするものではないと思われるが、多くの人に読んでもらいたいとは思った。

以下、抜書き。

 
○・・・国家が謝罪するなどということは、私の知る限り日本だけです。主権国家というものは、戦争で降伏し賠償金を払っても、謝罪という心情表明はしないものです。それは自国の立場を弱くし、自国への誇りを傷つけるからです。・・・/第二次大戦やそれ以前の歴史を外交に持ち出す国は私の知る限りこの三国(中国、韓国、北朝鮮)以外、世界中のどこにもありません。半世紀以上も前のことを持ち出しても普通は手を広げ肩をすくめられるだけで、どんな効果ももたらさないからです。だからインド、ミャンマー、シンガボールなどはイギリスに「歴史認識」を迫りませんし、ベトナムはフランスに「歴史認識」を問いません。独ソにとことん虐げられたポーランドだって同じです。世界中でそれを口にするのは、1982年以降の中国、韓国、北朝鮮だけなのです。日本が謝罪と譲歩で応える世界唯一の国だからです。1990年以降はほとんど毎年、政府が謝罪し続けています。それにより関係は改善するどころかむしろ悪化しています。/近隣諸国条項とは平たく言うと「中国、韓国、北朝鮮を刺激しかねない叙述はいけない」という政治的なものです。子供の学ぶ歴史教科書において、歴史的客観性より「事を荒立てない」を優先するという滑稽な代物なのです。・・・その後30年近くもこの条項が存続しているという事実は、国民の多くがこれに違和感を持っていないことを意味するからです。だから問題は深刻なのです。

 
○自国を卑下するという世界でも稀な傾向は・・・統計的にもあらわれています。世界数十カ国の大学や研究機関が参加する「世界価値観調査」によりますと、18歳以上の男女をサンプルとした2000年のデータですが、日本人は「自国を誇りに思う」の項目で世界最低に近いのです。「もし戦争が起こったら国のために戦うか」では「ハイ」が15%と図抜けて世界最低、ちなみに韓国は74%、中国は90%です。恥ずかしい国を救うために生命を投げ出すことなどありえないのです。

 
○アメリカの言い分は「ポツダム宣言を承諾せず徹底抗戦を続ける日本に降伏を促し、犠牲者が米兵だけで100万、両国合わせて1000万にも上るだろう本土上陸作戦を避けるために仕方なかった」というものです。1000万を救うために20万を殺したという理屈です。/私がこれまで原爆について話したことのある何人かのアメリカ人もみな類似のことを言っていました。2009年にアメリカのある大学の行なった世論調査では61%のアメリカ人が「原爆投下は正しかった」と答えたそうです。65年が経ってもこうなのです。/驚きです。

 
○・・・南京大虐殺は原爆投下を正当化したいというアメリカの絶望的動機が創作し、利益のためなら何でも主張するという中国の慣習が存続させている、悪質かつ卑劣な作り話であり、・・・

 
○20年以上にわたり毎年10%以上も軍事費を増加させるという中国の異常な軍備拡大に抗議するどころか、すでに6兆円をこすとも言われる巨額のODAを与え、さらに援助し続けるのも、自らの対中防衛力を高める努力もしないでハラハラしているだけなのも、中国の不当な為替操作を非難しないのも、「南京で大虐殺をしましたよね」の声が耳にこだまするからです。中国の対日外交における最大の切札になっているのです。

 
○・・・、スターリンは日本軍と国民政府軍の本格戦争をさせるため、中国共産党を操って、日本軍人や日本人居留民を虐殺するなどありとあらゆる挑発を行なうよう仕向けていました。中国共産党は当時、単にコミンテルン支部に過ぎませんでしたから、スターリンに入知恵された毛沢東は、漁夫の利を得ようと必死でした。反共の蒋介石だけでなく日本でさえ、スターリンの野望を明確に把握していませんでした。日中戦争とは、正規軍による大会戦はほとんどなく、絶え間ないゲリラ的挑発に乗りもぐら叩きをしながら奥地へ奥地へと引きずりこまれて行くような、何の目的もない無意味で、惨めで、徹底的に愚かな戦争でした。・・・/無論、中国の主権を奪い日本領とする、などという意図はありませんでした。そのうえ、上海で本格的な日中戦争を始めたのは中国でした。それ以前の日本人への数え切れないテロ行為は、主に中国共産党が日本を戦争に引きずりこむために行った挑発でした。

 
○実はソ連だけでなく米英も日中戦争に深く関っていたのです。米英は日中戦争の始まった頃から、公然と蒋介石を支援していました。初期はドイツ、それ以降はソ連が武器援助、米英がそれ以外の物資の援助、独ソ戦開始の1941年以降はほぼ全面的にアメリカが援助しました。米英ソの大規模な援助がなければ、日中戦争などは当初日本軍が考えていた通り、1937年末に首都南京が陥落した時点で国民政府軍と休戦になっていた可能性が高いと思われます。/100万近い日本軍を中国大陸に貼り付けさせ、日中両国に膨大な犠牲を出させ疲弊させたのは、日本の意志ではなく中国の意志でもなく、米英ソの意志だったのです。

 
○ハル・ノートは、東京裁判での日本側弁護人が、・・・、「こんな最後通牒を出されたらモナコやルクセンブルクでも武器をとって立つ」と言ったほどの高圧的かつ屈辱的なものでした。/ドイツの勢力拡大を憂えるルーズベルト大統領は、モスクワ陥落という所まで追い詰められているソ連、および気息奄々のイギリスを救うため、ヨーロッパへの派兵を強く望んでいました。・・・/しかしながら、議会はもちろんアメリカ国民の8割以上は参戦に反対であり、ルーズベルト自身、前年の大統領選挙で「アメリカの若者の血を一滴たりとも海外で流させない」と公約して当選していました。この世論の厭戦気分を一掃し公約を破棄するには、日本に「最初の一発」を撃たせ、国民を憤激のるつぼにおとし入れるしかない。ルーズベルトは智恵をしぼりにしぼり、日本が手を出さざるを得ないように着々と手を打ったのでした。・・・/なお、ハル・ノートを起草したハリー・ホワイト財務次官補は、戦後になって解読されたヴェノナ文書によると明白なソ連のスパイでした。ハリー・ホワイトは終戦の3年後、共産主義者として告発され非米活動委員会に召喚された後、自殺しました。ホワイトなどソ連工作員達は、ソ連の生存はアメリカの参戦に依存し、アメリカ参戦は日本軍の「最初の一発」に依存すると捉え、日米交渉決裂のため必死の工作を行なっていたのです。ハル・ノートは決裂させるための切札でした。

 
○・・・帝国主義の荒波の中で、日本人はそれぞれの時代の最強国ロシアそしてアメリカに、独立自尊を賭け身を挺して挑むという民族の高貴な決意を示しました。無謀にもロシアとアメリカに挑んだことは、別の視座から見ると、日本の救いです。日本の基本姿勢が他の列強とはまったく違い、弱肉強食、すなわち弱い者いじめによる国益追求、という恥ずべきものでなく、あくまで独立自尊にあった、ということの証左にもなっているからです。/そして日本人は、これら大敵との戦いの各所で、民族の精華とも言うべき自己犠牲、惻隠、堅忍不抜、勇猛果敢などの精神を十二分に発揮したのです。

 
○・・・金銭的豊かさをあくまで追求し、他人より自分ということで激しい自己主張をする欧米人は、国際秩序とか平和より自国を尊重し、自国の富だけを求めて自由に競争するという考えになびきやすいのです。まさに帝国主義です。リーマンショックに始まり、その後のギリシア危機、ユーロ危機など世界経済の混乱を引き起こしている新自由主義は、貪欲資本主義とも言えるものでこれまた欧米のものです。/万人が自由に、自分の利益が最大になるように死に物ぐるいに競争し、どんな規制も加えないですべてを市場にまかす。どんなに格差が生まれ社会が不平等になろうと、それは個人の能力に差があるのだから当然のことだ、というのは、日本のものではありません。

 
○・・・家や近隣や仲間の有難さが失われ人々との繋がりが希薄になったこの社会で、苦労して産み育てた子供は本当に幸せになれるのだろうか。なれそうもないのなら出産や子育てにエネルギーを使うより、自らの幸福を追い求めよう。自分を支えてくれた社会へ恩返しするより自己実現、となるのです。「個の尊重」「個を大切に」を子供の頃から吹きこまれているからすぐにそうなります。/だから少子化は出産費用の援助や「子ども手当」で解決する問題ではありません。馬車馬の尻を鞭で叩くような、勝者と敗者を鮮明にする成果主義にもとづく競争社会でなく、人々の濃密なつながりを大事にしたうるおいのある社会を取り戻さない限り、解決しないのです。

 
評価:8点

 

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