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2012年7月23日 (月)

菜の花の沖(全六巻)

Photo『菜の花の沖(一~六)』 司馬遼太郎

 文春文庫 単行本は昭和57年刊

司馬遼太郎の長編物で唯一読み残してた作品。

何の話かというのは、第一巻の背表紙の文章が最もよく表しているので、以下にコピー。

江戸後期、淡路島の貧家に生れた高田屋嘉兵衛は、悲惨な境遇から海の男として身を起し、ついには北辺の蝦夷・千島の海で活躍する偉大な商人に成長してゆく・・・。沸騰する商品経済を内包しつつも頑なに国をとざし続ける日本と、南下する大国ロシアとのはざまで数奇な運命を生き抜いた快男児の生涯を雄大な構想で描く。

戦国時代でもなく、幕末でもなく、教科書に出てくるような人物でもなく、なかなか手が出なかったけど、読み始めたらさすが司馬遼、おもしろかった~

司馬遼の歴史小説はよく横道に逸れるが、この作品はその特徴が顕著だった。特に第五巻は、第六巻のための前振りのようなものでほとんどが物語の背景、しかもロシア事情を描いたようなものだった。そこは好き嫌いの別れるところだろうが、「街道をゆく」シリーズが好きな人なら好ましく受け入れられるだろう。

船乗りの話だが、海とか航海とかはロマンがあっていい。ワンピースと比べるのも変な話だが、前半の船乗りとしてのし上がっていくところは通じるものを感じた。

 

評価:10点

 

以下、ストーリーとは全く関係ない雑学メモ的抜書き。

○風はいわゆる真艫(まとも)だった。風が船尾から素直に追ってきてくれている状態のことで、帆をあげっぱなしにして舵さえさわらずにすむほどの風だった。/「真艫に帆にあたっている」/と、たれもがうれしそうにいった。船乗り冥加というもので、こういう場合は口々に声をだして祝いあうのである。マトモな話ではないとか、マトモな人間とか、あるいはマトモにぶつかってしまったとかいう陸(おか)の言葉はこういう船乗り言葉からきたのであろう。

○元来、鰊は上代から秋田のあたりでもいくらかとれた。東北地方ではこの魚を、/「カド」/とよんでいた。ニシンよりもカドのほうが古語といえる。カドのはらごのことを、東北ではカドノコとよんでいて、やがて一般化された。/鰊をニシンというのは、アイヌ語である。蝦夷地交易によってひろまったことばで、カドといわず、蝦夷語のニシンといったのは、そのほうが魚名でなく商品名としてよぶのにより鮮明で的確な呼称だったからであろう。ただしはらごにだけは古語のカズノコの語が残った。

○「親潮」(千島海流)/は、塩分が淡い。しかし栄養分に富み、プランクトンが豊かで、さまざまな魚を育てる。この潮への感謝をこめて、ひとびとは「親潮」と名づけたといわれる。

○一個の大船の材は複雑多様で、そのまま日本国の森林用材地理を見る観がある。たとえば帆柱は紀州熊野の北山川に産する杉を最上とし、大和十津川の杉がこれに次ぐ。/舵の材も、薩摩・大隅(現・鹿児島県)の白樫が最上で、堅いだけでなく粘りがちがうのである。それが手に入らねば、日向(現・宮崎県)の赤樫がこれに次ぐ。もっとも同じ日向でもとくに美々津(いまの都農町の北方の耳川の河口)産がいい。

 

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