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2012年8月

2012年8月30日 (木)

聞く力

Photo『聞く力 心をひらく35のヒント』

 阿川佐和子 文春新書

新書では売れてるようだけど、おもしろくなかった。「聞く」ためのノウハウでも学べるかと思いきや、インタビュー仕事にまつわる単なるエッセイ。読後に何も残らない。

おもしろかったエピソードを1つ抜書き。著者がおもしろいわけではなく、インタビュー相手のデーモン閣下がおもしろい。

「ロックがいろいろな枝葉に分かれていく中で、速さと激しさを追求したものをハードロックというんですね。♪ガンガンガンガン、ガガーンガンガーンガーン、タターンターンタ、バーンバーンバーンっていう感じ」
「ほうほう」
「じゃ、速くて激しければ全部ハードロックなのかというと、そうではなくて。そこからまた枝葉が分かれていって。速くて激しいけれど、ドラマティックであったり、仰々しい決めごとを取り入れる。たとえばクラシック音楽のワンフレーズを持ってきて、あるポイントに来たら全員がちゃんと、♪ダダダダーンみたいにベートーヴェンの「運命」のメロディをぴったり合わせる。そういうのを様式美というんですけどね」
「はあ~」
「簡単に言うと、様式美の要素を入れないと、へヴィメタルとは認定されないんです。ハードロックに様式美を持ち込むと、それがへヴィメタルになるというわけ」
「そうかあ。へヴィメタって知的なんだ。もっとハチャメチャな音楽かと思ってた」
「ハチャメチャなのはパンク。速くて激しいけれど、♪うまく歌ったってしょうがないじゃーん。上手に歌うことになんの意味があるんだ~、ってのがパンク。だけど、へヴィメタルは上手じゃないと駄目なの」


評価:3点

 

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2012年8月27日 (月)

リンク追加:シオノのブログ

久々のリンク追加。

「気になるあの人たちの今日の飛びは?」に追加。

足尾のシオノのブログ → Hypothesis and proof

今年度最終戦に向けて、このブログで勉強しましょう。

何を隠そう、彼は同期です。

 

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2012年8月26日 (日)

アクアクララ六甲カップ

32チームによるトーナメント戦。
今日は2回戦と準々決勝。

うちのチームのルールとして、試合後は親が連れて帰らないといけない。
今日、うちの奥さんは長男坊の志望校見学のため、この役目が回ってきた。

今日はセンターバックのヤナイ君が欠席。それでも2回戦突破。
その2回戦で主力組のジュンダイ君がレッドカードをもらい出場停止。

というわけで準々決勝では万年ベンチ組の次男坊に出場機会が回ってきた。

相変わらずボールから遠いところでウロウロ。20120826
レギュラー2人を欠くとさすがにきびしく、準々決勝で敗退。

そんなことよりお父さんは空が気になりました。。

 

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2012年8月25日 (土)

地区の祭り

東山台サマーフェスティバル2012

毎年、水泳の試合と同日程。
これも3年ぶりに参加。今年は初の試みでビンゴゲームあり。

Photo

カードを1000枚配布して100個の景品。
くじ運の強い次男坊は5番目にビンゴ、やるなあ。

私は4面待ちまでいったがビンゴならず、残念。
その代わりといってはなんだが、最後に売れ残ったビールの叩き売り6本セットをゲットできてちょっと幸せ。

 

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四水会2012

水泳部の試合。4つの会社の親善試合。
例年8月最終土曜に開催で、昨年一昨年は池田の大会とかぶっていたので3年ぶりの参加。

エントリーは50Fr、50Bu。
その他に200フリーリレー。

50Fr・・・30”18
30秒切れなくなってしまった。

50Bu・・・34”16
33秒台をキープできなくなってしまった。

短距離レース用の練習をしてないというのもあるが、このままズルズルとタイムは落ちていくんかなあ。50Frの29秒台だけは維持したいなあ。

 
とてもアットホームな試合で子供参加もOK。
次男坊は、25Fr、25Br、50Brにエントリー。週1でスイミングに通っているが飛び込みはしたことがないとのこと。急遽練習してみたが、本番では見事に失敗。

夏休みに海にもプールにも連れて行けなかったし、空きコースで飛び込みとターンのマンツーマンレッスンをたっぷりしておいた。

 

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2012年8月22日 (水)

ダークナイト ライジング

三部作第3作目

3
キャットウーマンも登場。アン・ハサウェイがセクシーでグッド。

前作よりさらにスケールがでかくなって見応え十分。

個人的にはジョーカーがとてもよかった前作の方が好みかな。

 

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8/21 12連休最終日

夏休み最終日のタスクは、次男坊と2人でAM:映画→PM:大阪市立科学館。

映画は当日朝にネットでチケット購入。
が、なんとJRが人身事故で止まってしまい、上映に間に合わず。
泣く泣くあきらめて、AMから大阪市立科学館へ。

Photo

夏休みの自由研究のネタを拾いに行ったんだが、やる気あるか?


その間にうちの奥さんが映画館に確認の電話を入れてくれたところ、公共交通機関の遅れなので、という理由で、当日中なら時間変更してくれるとのこと。聞いてみるもんやね。

観る映画が2人で違ってたので時間調整で夕方になってしまったが、なんとか映画もこなしタスクコンプリート。ちなみに私は「ダークナイト ライジング」、次男坊は「アベンジャーズ」。

節電対応で長かった今年の夏休みも終了~

 

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2012年8月20日 (月)

8/20 「泳」 2150

1500+Bu50×2+(Bu25+Fr25)×2+Buキック50×4+(Bu25+Fr25)×2+Fr50×2+ダウン50
=2150

1500は26分30秒。
泳ぐのは10日ぶり。12連休中2回目。
8/25の水泳部の試合に向けての最終練習日。といっても調整も何もないが。

1500のタイムは前回と同じ。ただ同じコースにとても速い人がいて、その人の練習のジャマにならないようにペースに強弱を付けたので負荷がかかって、次のバタの時に上腕三頭筋がかなり張った。この張りは久しぶり、練習したって感じ。

 

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2012年8月19日 (日)

池田総合成績

1.オカダさん

2.イタサン

3.スナマン

4.ユージ

5.リョーヘー

6.ヒラバヤシ


3日ともゴールはオカダさんのみ。
優勝スピーチで、大会前にあまり飛べなかったけど過去5年の池田のフライトログを見直していた、という発言にはびっくり。見習わないとね。


総合成績は →こちら

 

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池田最終日

池田最終日

南次第に強く 晴れ 雲底1100(山では)

TO→権現山→大野橋→揖斐駅(権現山西)→城台山→なんとか駅(権現山南東)→大平山→なんとか工場(焼却場北)→パナソニック→GL3 49km

ゴールは6人くらい、イタサン、ムタ、スナマン、・・・

私は沖へ出てから上げきることなく、権現山をかなり磨いたあげく、揖斐駅取れずに沈。

ダメダメやった。


リザルトは →こちら

 

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2012年8月18日 (土)

池田三日目

池田三日目

晴れ

57kmのタスクも決め、さあこれから、というときにゴロゴロという音が聞こえ、すぐ真上に積乱雲が現れ、山の裏では降っているという情報も入り、早い判断で11時にキャンセル決定。

汗だくでグライダーたたみましたとさ、ちゃんちゃん。

 

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2012年8月17日 (金)

池田二日目

池田二日目

南 晴れ 雲底1300(山だけ)

TO→サラジ→権現山→なんとか駅(パナ南)→本巣駅→なんとか病院(権現山西)→焼却場→大野橋→パナソニック→GL3 64.5km

ゴールは2人!オカダさんとマツ。

平地は700〜800くらいしか上がらずたいへんやった。それなのになんとか駅を忘れて権現山からサラジに戻ってしまい、なんとか駅を取ってサクッと降りてしまった。

やってもうた。。


リザルトは →こちら

 

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2012年8月16日 (木)

池田初日

池田初日

南弱 晴れ 雲底1000〜1200

タスク
TO→北神戸駅→権現山→大野橋→焼却場→寺内神社→本巣駅→神戸大橋→味の素→GL3 58km

ゴール15人。(リフライトゴールも出て+2人)
トップゴールはミノル。続いてイタサン、私。ミノルとイタサンは2回目スタートやけど、私は1回目スタートなので順位はもっと下がるかな。

いいタスクだった。ちなみにタスクコミッティーはダイモンさんとマツと私。

明日はもっといっぱい飛びたい。


リザルトは →こちら

 

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2012年8月15日 (水)

炎のランナー

2

ロンドンオリンピックの表彰式で曲が流される度に、また観たいなあと思ってた「炎のランナー」、DVDレンタルして観た。高校の時に観て以来、30年振り。

高校の時の印象ではとても素晴らしい映画として心に残っていたし、アカデミー作品賞を獲ったから素晴らしい映画なんだろうけど、なんか眠かった。。

それでもこのテーマ曲は不滅の名曲


さて、今度は自分が表彰されるのをイメージしよう。

 

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ダークナイト

三部作第2作目はなんといってもジョーカー!

Photo_2

ヒース・レジャーはこの怪演でアカデミー助演男優賞を獲ったが、28歳で急死。惜しまれる。

評判に違わずとてもおもしろかった。


これで夏休み中に第3作目「ダークナイト ライジング」を観に行く準備完了。
これを超えるおもしろさは無理なような気がするが。。

 

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バットマン ビギンズ

現在公開中の映画で観るとしたら選ぶのは「ダークナイト ライジング」。
と言っても、前2作は観ていないので、レンタルして観ることにした。

三部作第3作目の「~ライジング」が公開中ということで、第1作目の「バットマン ビギンズ」も第2作目の「ダークナイト」もレンタル中ばかりで、3軒目のツタヤにてようやくゲット。

Photo

2005年の映画だがら、もう7年前の作品。

観たかったのは評価の高い第2作目「ダークナイト」。
今日も2本一挙上映。

 

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2012年8月14日 (火)

12連休5日目

本日は草津へ墓参り。

通常1時間の道のりが、往きはなんと4時間半。帰りは2時間。
帰省ラッシュとUターンラッシュが混ざってる上に、大雨による京滋バイパス通行止めの影響も。

運転に疲れた分、甥っ子のカズくんに癒してもらった。
Photo

9ヶ月、ハイハイを始めたくらい。
いくら見てても飽きない、おもしろい動物だ。

 

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2012年8月13日 (月)

8/13 「走」 12㎞

走るのは1ヶ月以上ぶり。

近所3往復。

往路①:12'53"
復路①:12'02"
往路②:13'33"
復路②:11'50"
往路③:13'44"
復路③:11'38" 計:1hr15'40"

1ヶ月空いたときは10㎞以下にすることをルール化しよう、と以前決めたのにすっかり忘れてた。とってもしんどかった。17時半から走り始めたけどまだまだ気温が高くてバテた。


ちなみに、うちの奥さんは10㎞。
次男坊は4㎞。
長男坊は塾。

 

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ロード・オブ・ザ・リングⅢ 王の帰還

8/4のBS放映を録画していたのをやっと観た。

Photo_5

戦闘シーンの迫力満点。
城砦等の造形美術も素晴らしい。

リブ・タイラーも美しかった。
Photo_6

アカデミー賞では作品賞、監督賞をはじめ11部門を受賞したらしい。「ベン・ハー」「タイタニック」に並ぶ史上最多の受賞とのこと。納得!


朝からⅡを3時間、昼からⅢを3時間20分。堪能~
それに付き合った次男坊、映画好きやなあ。。

 

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ロード・オブ・ザ・リングⅡ 二つの塔

7/28のBS放映を録画していたのをやっと観た。

Photo_4

このお三方、みんな強すぎ。

ロケ地のニュージーランドの景観も相変わらず素晴らしい。


朝からⅡを観て、昼飯食って、昼からⅢを観る。
今日は2本一挙上映会。

 

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2012年8月12日 (日)

12連休3日目

本日のタスク、墓参り→姪っ子のお誕生会→高校のプチ同窓会。

①墓参り

霊園へ向かう渋滞がひどかった。まあ、しゃーない。

Photo

孫3人にきれいにしてもらって、おかんも喜んでることやろう。
ちなみに、うちの長男坊は受験勉強のため留守番。


②花ちゃん

9歳、おめでとう。
プレゼントは本人のリクエストによりワンピースのジグソーパズル950ピース。

Photo_3


③プチ同窓会

FBつながりによる同窓会。約40名の参加。
10クラスあったので1クラス平均4名。私のクラスは私1名のみ。
総じて理系クラスの出席率はいまいちやった。

卒業以来、同窓会には出たことがなかったけど、こういうのはいいもんだ。
みんな話に夢中で料理が大量に残ってたのがもったいなかった。

幹事の佐藤くん、ありがとう~

 

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2012年8月11日 (土)

8/11 「泳」 2150

1500+Bu50×2+(Bu25+Fr25)×2+Buキック50×4+(Bu25+Fr25)×2+Fr50×2+ダウン50
=2150

1500は26分30秒。
泳ぐのは2週連続。8月末の試合に向けてバタの比重を多くしてみた。しかしスピードにのった感がまったくなかった。1500泳いだ後だから、と思い込んでおこう。

いつもよりちょっと遅めの時間に行ったら空いてて泳ぎやすかった。
次からも可能ならちょっと遅めにしよう。

泳いだ後の水分補給をちょっとがまんして、帰宅後プシュッ。幸せ~

 

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8/10 池田

南 晴れ 雲底1000~1200

12連休初日。
8/11からの予報が良くないので、飛べるうちに飛んでおこうと池田へ。

人が少なくハングはバーズアイビュー数機とズーム2機。
コンペ組はヒデカズくんと私のみ。

それでもタスクを組んだ。8/5のタスクを基本として、

TO→38→44(平野庄橋)→37(権現山)→68(モレラ)→41(観覧車)→36(セメント)→54(大平山)→ML 53㎞

前回からの変更点は、
42を44へ。川沿いの工場で上げ直すことを考えて。
48を41へ。南が強くなる予報だったので南行きを手前にした。
GL3をMLへ。人が少ないので回収なしで済むように。
たまたま同じ距離となった。

0810

2時間半もかかったがなんとかゴール。

Ws000000

12時20分テイクオフ。
TO周辺はオーバーキャスト気味だったがパラがソアリングしてたので余裕で時間待ちをしていたら、パラがすべて降りてしまい、風も悪くなり、見える範囲がすっかりかげってしまい、気まずい雰囲気に。南方向から日照が戻ってきてからTO。

出てすぐヒデカズくんと雲底1000。
38へ向けて発射。揖斐川で1000まで戻して38クリア。工場群の上を南下して平野庄橋クリアし、工場の上でヒデカズくんと雲底まで戻し、私は権現山へ。ヒデカズくんはタスク放棄してフリーフライトへ。

権現山で1000弱まで戻して山伝いに東へ。先週はダイレクトにモレラへ向かったが、今日は1人だったし山にいい雲があったので山コースを選択。

ガレ場で雲底1200に付けモレラ750でクリア。
観覧車までにもう1発上げ返して観覧車を850でクリアし、川沿いを戻る。狙いどおり川でヒットし1100まで戻してセメントへ。

セメントからもガレ場経由で大平山へ。
ここから東も雲が豊富で岐阜大チャレンジもできそうな感じだったが、今日はタスク優先にして戻った。

一人だったので慎重に山コースでMLへ。
権現山で上げ損なったが350から復活してなんとか帰還、14:55ランディング。

一人で時間がかかってしまったが、雲が豊富で特にピンチもなくタスクコンプリート。アウトサイドしたら回収に行くよ、と言っていただいたウメダさん、ありがとうございました。おかげさまで本番に向けていい練習になりました。


ヒデカズくんはその後大垣駅まで行って観覧車経由で帰ってきたらしい。
南風もそんなに強くはならず、今日は南方向も使えたということ。北の山沿いには東方向も使えただろうし、この条件なら70㎞以上のタスクはできただろう。

 

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2012年8月 7日 (火)

SUMMER TIME BLUES

昨日、反原発本を紹介したので、
反原発つながりでRCサクセションの反原発ソングをUP

これはかなり古い。
昔から、なんてまっとうな主張をしていたんだ。

今さらだけど、忌野清志郎はすばらしいロッカーだ。

 

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2012年8月 6日 (月)

なぜメルケルは「転向」したのか

Photo『なぜメルケルは「転向」したのか
 ―ドイツ原子力四〇年戦争の真実』

 熊谷徹 日経BP社 2012年1月刊

タイトルだけでは何のことかわからない。サブタイトルで原子力の話であることがわかる。画像にはないが、帯には「2022年12月31日までに原発全廃」と書かれており、そういう内容の本であることがわかる。

メルケルとはドイツの首相。転向とは、メルケルが原発擁護派から原発反対派へ転向したことを指している。そのきっかけはフクシマ。

ただし原発全廃を決定したのはメルケルの独裁ではなく、サブタイトルにもあるとおり、ドイツ国内での40年に渡る議論の積み重ねがあってこそ決定されたのである。

著者はドイツ在住20年のジャーナリスト。ドイツの国民性から語られており、とても納得できた。


以下、抜書き(大量に)。#は感想。

○ドイツでは2011年の時点で原子力が発電量に占める比率は17.7%だが、長期的には風力や太陽光などの再生可能エネルギーによって代替する。2011年には再生可能エネルギーの比率は原子力を初めて上回る約19.9%だったが、これを2020年に35%、2050年までに80%に引き上げる。


○1970年にプロジェクトを開始した電力会社は、15年かけて発電所(カルカー高速増殖炉)を建設した。しかし、この施設は反対派による激しい抗議デモ、訴訟にさらされたほか、州政府が「リスクが大きすぎる」として運転許可を拒んだ。特にチェルノブイリ事故以降、高速増殖炉に対する批判が一段と高まり、事業者は1991年に操業を断念した。現在、この施設は遊園地として使われている。発電所の巨大な冷却塔には、雪に覆われた山脈の絵が描かれ、内部では人々が長いワイヤーに取り付けられた座席にすわって降下する遊びに興じている。発電所の建設には少なくとも70億マルク(約3500億円)の費用がかかったとされる。遊園地として使われる高速増殖炉は、ドイツ原子力文明の挫折を象徴している。


○日本政府は原発の建設を推進するために、電源三法に基づいて、原発のある地方自治体に多額の補助金を交付してきた。過疎に悩んでいた町や村にとっては、この補助金によって財政状態が良くなり、公民館や体育館などインフラを整備できるという利点があった。ドイツの地方自治体にとって原発が建つことの利点は、営業税収入が増えたり、雇用が増えたりする程度であり、日本のように多額の補助金が降り注ぐことはなかった。このとこも、住民が原発反対運動に積極的に参加する理由の一つとなった。

#この補助金がよろしくない。人をだますための金であり、だますのも悪いし、だまされるのも悪いし、だまされたことにして金をもらっているのがもっとも悪い。


○全国でバラバラに活動していた環境保護主義者の力を結集し、議会活動による脱原発をめざす環境政党・緑の党が、1980年・・・結成された。・・・/緑の党が初期に使った重要なスローガンの一つに、/我々は地球を、我々の子どもたちから預かったにすぎない/という言葉がある。「我々は地球の自然や資源を大切に扱って、子どもたちに美しい環境をそのまま引き継ぐ義務がある」という意味だ。これは、米国の先住民族インディアンのある酋長の言葉だ。インディアンは、自然との共存を重視することで知られる。自然破壊に反対する緑の党の精神、環境保護についての責任感を端的に表現する言葉だ。チェルノブイリ事故や福島事故のために、長期間にわたり人間が住むことができない地域が生まれてしまったウクライナや日本にとっては、重い言葉である。


○歴史学者アルヌルフ・バーリングは・・・21世紀に入って地球温暖化による気候変動が深刻化し、先進工業国に原油を供給している国々が政治的に不安定になっているにもかかわらず、SPD(社会民主党)と緑の党が脱原子力に固執していることを厳しく批判した。「彼らは原発についてはリスクばかりを取り上げる一方、再生可能エネルギーについては利点ばかりを強調する。たとえばSPDと緑の党は、太陽光、地熱、バイオガスなどによる発電を普及させる過程でもCO2が大量に排出されることについては、黙っている。また太陽光発電の助成のために、2001年からの8年間で約220億ユーロ(2兆4200億円)もの金が注ぎ込まれたことも、問題視していない」と指摘した(それにもかかわらず、太陽光による発電量が総発電量に占める比率は、2009年の時点でわずか1.1%にすぎなかった。ちなみに2011年の太陽光発電の比率も、3.2%にどとまっている)。


○ドイツの企業やホテル、住宅には、ふつう冷房がない。


○緑の党が連邦議会で、CO2の排出量を減らし、原子力を使わず、太陽と風力を中心とする「2010年のエネルギー革命のシナリオ」を打ち出したのは、福島事故の23年前のことである。/当時、保守党の議員はこの提案を「夢物語」と呼んで嘲笑したが、現在ではこのシナリオが現実になりつつあり、保守党もこの政策を支持している。2011年にはすでに電力消費量の5分の1が再生可能エネルギーによって生み出されている。この年、再生可能エネルギーの比率が初めて原子力の比率を追い抜いた。その意味で緑の党が、高い先見性を持っていたことは間違いない。同党は、反原発派がデモや訴訟で達成できなかったことを、議会政治を通じて実現したのだ。/日本では、福島事故から1年近く経っても、原子力エネルギーをどうするのかについて結論が出ていない。与野党のあいだで、エネルギー政策について刀で切り結ぶような白熱した議論も行われていない。・・・福島事故を経験したわれわれは、エネルギー政策についての議論をさらに広く、深く行うべきではないだろうか。


○ストレステストには日独間に大きな違いがある。日本では電力会社が自分でストレステストを行い、経済産業省の原子力安全・保安院に提出する。ドイツでは、電力業界から独立した委員会が電力会社にデータを提出させ、委員会に属する技術者たちがストレステストを行った。ドイツでは「電力会社が自分でストレステストを行うのでは、客観的な分析は難しいのではないか」という意見が出ている。

#当たり前のことが日本はできていない。


○金融危機と原子炉事故には共通点がある。多くの金融機関はサブプライム債券を含んだ金融商品に投資して収益を上げていたときには、高額のボーナスを役員や投資銀行マンに支払っていた。しかし米国の不動産バブルが崩壊し、リーマンショックで多くの金融機関が破綻の一歩手前まで追いつめられたとき、彼らは政府の公的資金、つまり納税者の血税で倒産から救われた。銀行を倒産させると、金融システム全体に悪影響が及ぶので、政府は助けざるを得なかったのだ(一部の金融機関は、リーマンショック後に業績が回復すると、雇用契約に基づいて再び役員らに多額のボーナスを支払っている)。/電力会社も事故が起こる前は配当を株主に還元し、幹部に賞与を支払っていた。しかし原子炉事故が起こったときには、莫大な賠償金をすべて自分で支払うことはできないから、政府の支援を仰がなくてはならない。大手電力会社の倒産は、経済システム全体に悪影響を与え、エネルギーの安定供給を脅かしかねないので、政府は救済せざるを得ない。金融業界、電力業界いずれのケースでも利潤は私有化され、負の遺産のつけ払いだけが社会全体に回される。

#とてもばかげている。


○倫理委員会は「EUは2015年から各国の電力市場を単一のマーケットに統合するので、EU圏内で送電網や国境間の結節点などのインフラが整備されれば、電力の輸出入は増加する」と指摘し、ドイツは電力の完全自給をめざすべきではないと主張している。EUの目標は、加盟国の電力市場の垣根を取り払って、「一つの銅板」のような電力マーケットを作ることだ。ドイツ政府は、以前からEU電力市場の統合を支持している。/そのような市場では、ドイツ国内で電力需要が高まって値段が上がれば、市場原理に基づいて、周りの国から割安の電力が流れ込む。その意味で、周辺国が原子力を使っている限り、国内に原発による電力が入ってきて流通することをドイツ政府が止めることはできない。/市場原理が働く一方で、エネルギー供給は国家の安全保障にも関わる問題なので、他の国へはなかなか干渉できない。したがって、ドイツがフランスに対して、「あなたの国から原発による電力が流れ込んでくると、脱原発の精神が骨抜きになるので、原子力発電を廃止してほしい」と要請することはできない。フランス市民のあいだでは、ドイツほど原子力への不信感は強くない。脱原発を決めたドイツと、電力の8割近くを原子力に依存するフランス。両国のエネルギー政策や環境意識は、水と油のように異なる。世界有数の原子力大国と隣接していることが、ドイツ政府にとって解決しがたいジレンマを生んでいるのだ。


○メルケルは政治家としての鋭い直観力によって、福島事故が座標軸の変化をもたらし、有権者の感情を大きく動かすことを察知した。だからメルケルは、純粋に市民の健康や財産に対するリスクを減らすためだけではなく、政治的な生き残りのためにも、心の中で原子力発電所を廃止することを固く決意した。しかし議会制民主主義の国では、脱原子力を政府の独裁的な判断ではなく、各界の識者の意見を聞き、国民の合意の下に決めたという「アリバイ」が必要である。メルケルにとって脱原子力という結論はすでに決まっていたが、「首相が独断で決めた」と後世の人々から批判されないように、原子力について厳しい見方を持つ知識人を集めて倫理委員会を作り、急遽、提言書をまとめさせたのだろう。


○倫理委員会は「原子力の残余のリスクをゼロにするために、原子力発電を廃止して他のエネルギー源で代替するべきだ」と政府に提言し、首相は提言を実行した。そこには「原子力のリスクは安全に制御できない」という、ドイツ人独特の悲観主義がある。この悲観的な性格が、リスクをゼロにするには廃止以外にないという結論につながった。究極のリスク管理である。/・・・/安全には、「制御された安全」と「本質的な安全」の二種類がある。たとえば旅客機には墜落の危険を減らすための安全装置がさまざま施されている。もちろん墜落の危険をゼロにすることは不可能だ。それでも安全が十分に制御されていると感じているため、我々は日常的に旅客機を使っている。それだけリスクが低く抑えられていると判断しているからである。これが「制御された安全」だ。自動車や新幹線、そして日本の原子炉はこのコンセプトに基づいて運転されてきた。/これに対し、墜落で死亡するリスクをゼロにしたいと考える人は、旅客機に乗らない。そうすれば墜落の危険を排除できる。これが「本質的な安全」、つまり絶対的な安全である。/原子力エネルギーについて、ドイツ人は「本質的な安全」、つまり旅客機に乗らないのと同じ道を選んだ。


○ドイツの企業や官庁の管理職には、社員の健康と安全を損なわない労働条件を確保することが労働法によって義務づけられている。これを・・・保護義務と呼ぶ。これは、管理職の義務の中で最も基本的かつ重要な事項だ。一日当たり10時間を超える労働の禁止や日曜・祝日の労働禁止、部下に約30日の有給休暇を完全に取得させる義務なども、広い意味でこの保護義務の一部である。有給休暇をすべて消化させなかったり、部下を毎日10時間以上働かせたりする管理職は、上司や人事部から批判される。それどころか、そうした管理職は「失格」の烙印を押されて、ポストから外されるだろう。労働基準監督署が労働条件を日本以上に厳しくチェックしているからだ。

#原発の話から離れるが、これはあるべき姿だ。ほんとうにそう思う。


評価:10点

 

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2012年8月 5日 (日)

8/5 池田

南 晴れ 雲底1150

本日のタスク
TO→38→42→37(権現山)→68(モレラ)→48(焼却場)→36(セメント)→54(なんとか山)→GL3 53㎞
デパーチャーは38から5㎞手前エンター、12:15の1回
0805_2
タスクセットは、前半ムタ、後半ゲンキ。

ゴールはゲンキ1人!

私はセメント取って、そこにアウト。
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ほとんどが雲底からスタート。
しかしタスク前半の難易度が高く、42の行き帰りに多くが沈。
ゲンキとマッスーと3人で権現山までいっしょだったが、そこからモレラがきびしかった。

私はモレラをすっかり忘れており、権現山からまっすぐ焼却場を目指してる途中で気付いてゲンキに合流。2人で河原に降りかけながら200ちょいから1000まで復活。

モレラを取って南下する途中、観覧車の東辺りでもう1発。ここでゲンキと高度差ができた?上を確認できず、焼却場を取って戻りながら、焼却場辺りで上げてるゲンキを確認。

私はその後上げ直せずセメント取るのが精一杯で、山に貼り付く高度もなかった。焼却場辺りでリフトの手応えはあったので、それをかまわなかったのが敗因。

1時間52分 3TP=33.3㎞ 5TP=40.8㎞

 

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2012年8月 4日 (土)

PFC同期会

久し振りに集まった。

Pfc2012

場所は、イバ社長の知り合いの店、四ツ橋にあるスペインバル「アウパ」

段取りしてくれたのはオーツキ元部長。

シモムラ先生は診察終えてから駆けつけてくれた。

ツジノは遠路はるばる長崎から。

酔った勢いで、2013年12月の奈良マラソンをみんなで走ろう、なんてことになってしまった。

マジか?

 

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8/4 「泳」 2150

1500+(Bu25+Fr25)+(Ba25+Fr25)+(Br25+Fr25)+Fr50+Frキック50×4+Fr50×4+ダウン50
=2150

1500は26分0秒。
泳ぐのは2週間ぶり。今日はAMに泳いだ。

今月末に水泳部の試合に出ることにしたので、次回からはメニューを変えよう。50mフリーと50mバタにエントリーしたので、とりあえずバタフライを50m泳げるようにしとかないと。


今日は、奥さんは自治会、長男坊は塾、次男坊はおばあちゃんち。
私だけが暇ということで午前中から泳ぎに行った。本来なら飛びに行きたい天気だが、夜に用事があるので今週末は飛ぶのは日曜のみ。

 

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2012年8月 1日 (水)

ロシアについて

Photo_2『ロシアについて ―北方の原形―』

 司馬遼太郎 文春文庫

  単行本は昭和61年刊

とてもおもしろかった「菜の花の沖」でロシアへの思い入れをかなり感じたので、関連本を読んでみた。

北方領土問題は今なおちょくちょく採り上げられるが、司馬遼太郎の考えがしっかり書かれていた。

 

以下、抜書き。

○もしソ連が、無償で―無償などありえないことですが―北方四島を日本に返還するようなことがあれば、それとおなじ法解釈のもとで、多くの手持ちの領土を、それはわが国の固有領土だと思っている国々に対しても返還せねばならないというりくつがなりたちます。それが仮りに単なるりくつであるとしても、いったんソ連領になった「領土」を、もとの持主に返すようなことがソ連の首脳部がおこなうとすれば、おそらく国内的にかれらはその地位をうしなうことになるでしょう。/かれら首脳部は、自分の同僚に、もしくは国民に、このことをどのように説明すればいいのでしょう。察するに、そのすべもないにちがいありません。/さらに北方四島を返したとすれば、ソ連が、強力なボルト・ナットで締めつけている連邦内部の多くの共和国との関係まで、ゆるむかもしれません。またポーランドなどの友好諸国も、ソ連の強い友好の力から解放されたと錯覚して浮足だつかもしれません。/もし、右の仮定の事態(四島を返すということ)があるとして、それを首脳部が他に説明せねばならない場合、/―四島を返すことによって、日本全体を得るのだ。/という大政略がすでに確立された、ということを耳うちしてひとびとに同意を得る以外、ありえないのではないでしょうか。むろん、こんなことは、架空のことを想定してのことです。ともかくも、ソ連の首脳部にとって、返還など、無理難題を越えたほどのことだということを、私どもは成熟した国民として理解しておく必要があります。日本における返還運動が、そういうことをわかりきった上でなお国内世論だけを盛りあげて反ソ気分を煽ろうとしているのなら、日本国をやがては損ずる結果になるだろうと思うのです。


○日本は、へとへとになりながらもまだ戦っていた。ローズヴェルトはソ連に、日本の武力圏を北方から攻めさせようとし、対日戦への参加をもとめた。スターリンは、対日戦をやる代償として、いくつかの条件をもちだし、承諾を得た。/いわゆるヤルタ協定(1945年2月11日、ヤルタで署名)である。/・・・/「ヤルタ協定」/は、全三項から成っている。すべて日本および中国に関係する内容である。/・・・/さて、第三項である。/千島列島が、ソヴィエト連邦に引き渡されること。/これによって、いわゆる日本の「北方領土」はうしなわれた。/もっとも協定でいう「千島列島」とはどの島からどの島までをさすのかという地理的規定は話しあわれていない。だからソ連が解釈しているままに島という島がごっそり対象にされたかのようであり、事実、ソ連はすべての島々をとりあげ、日本側が、そこはいわゆる千島でなく固有領土だとする四つの島までとりあげた。/「そのうちの四つの島は昔から私のものだ」/と事実をのべるべき日本は、この座にいない。当時、日本はなお交戦をつづけている。やがて敗者になる。それを見越しての三人の勝利者の分け前談義なのである。情け容赦があろうはずがない。


○私は、日本が大した国であってほしい。北方四島の返還については、日本の外務省が外交レベルでもって、相手国(ソ連)に対し、たとえ沈黙で応酬されつづけても、それを放棄したわけではないという意思表示を恒常的にくりかえすべきだと思っている。/しかし、それを国内的な国民運動にしたててゆくことは有害無益だと思っている。有害というのは、隣国についての無用の反感をあおるだけだということである。


○ソ連のそばに、日本の島々が弧をえがいている。日本が引越しすることができないかぎり、この隣人とうまくつきあってゆくしかない。なにごとかがあってたがいに接触する場合、日本側もソ連側も、以上のような程度の原形論ぐらいはあたまに入れておく必要がある。


評価:10点

 

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