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2012年8月 1日 (水)

ロシアについて

Photo_2『ロシアについて ―北方の原形―』

 司馬遼太郎 文春文庫

  単行本は昭和61年刊

とてもおもしろかった「菜の花の沖」でロシアへの思い入れをかなり感じたので、関連本を読んでみた。

北方領土問題は今なおちょくちょく採り上げられるが、司馬遼太郎の考えがしっかり書かれていた。

 

以下、抜書き。

○もしソ連が、無償で―無償などありえないことですが―北方四島を日本に返還するようなことがあれば、それとおなじ法解釈のもとで、多くの手持ちの領土を、それはわが国の固有領土だと思っている国々に対しても返還せねばならないというりくつがなりたちます。それが仮りに単なるりくつであるとしても、いったんソ連領になった「領土」を、もとの持主に返すようなことがソ連の首脳部がおこなうとすれば、おそらく国内的にかれらはその地位をうしなうことになるでしょう。/かれら首脳部は、自分の同僚に、もしくは国民に、このことをどのように説明すればいいのでしょう。察するに、そのすべもないにちがいありません。/さらに北方四島を返したとすれば、ソ連が、強力なボルト・ナットで締めつけている連邦内部の多くの共和国との関係まで、ゆるむかもしれません。またポーランドなどの友好諸国も、ソ連の強い友好の力から解放されたと錯覚して浮足だつかもしれません。/もし、右の仮定の事態(四島を返すということ)があるとして、それを首脳部が他に説明せねばならない場合、/―四島を返すことによって、日本全体を得るのだ。/という大政略がすでに確立された、ということを耳うちしてひとびとに同意を得る以外、ありえないのではないでしょうか。むろん、こんなことは、架空のことを想定してのことです。ともかくも、ソ連の首脳部にとって、返還など、無理難題を越えたほどのことだということを、私どもは成熟した国民として理解しておく必要があります。日本における返還運動が、そういうことをわかりきった上でなお国内世論だけを盛りあげて反ソ気分を煽ろうとしているのなら、日本国をやがては損ずる結果になるだろうと思うのです。


○日本は、へとへとになりながらもまだ戦っていた。ローズヴェルトはソ連に、日本の武力圏を北方から攻めさせようとし、対日戦への参加をもとめた。スターリンは、対日戦をやる代償として、いくつかの条件をもちだし、承諾を得た。/いわゆるヤルタ協定(1945年2月11日、ヤルタで署名)である。/・・・/「ヤルタ協定」/は、全三項から成っている。すべて日本および中国に関係する内容である。/・・・/さて、第三項である。/千島列島が、ソヴィエト連邦に引き渡されること。/これによって、いわゆる日本の「北方領土」はうしなわれた。/もっとも協定でいう「千島列島」とはどの島からどの島までをさすのかという地理的規定は話しあわれていない。だからソ連が解釈しているままに島という島がごっそり対象にされたかのようであり、事実、ソ連はすべての島々をとりあげ、日本側が、そこはいわゆる千島でなく固有領土だとする四つの島までとりあげた。/「そのうちの四つの島は昔から私のものだ」/と事実をのべるべき日本は、この座にいない。当時、日本はなお交戦をつづけている。やがて敗者になる。それを見越しての三人の勝利者の分け前談義なのである。情け容赦があろうはずがない。


○私は、日本が大した国であってほしい。北方四島の返還については、日本の外務省が外交レベルでもって、相手国(ソ連)に対し、たとえ沈黙で応酬されつづけても、それを放棄したわけではないという意思表示を恒常的にくりかえすべきだと思っている。/しかし、それを国内的な国民運動にしたててゆくことは有害無益だと思っている。有害というのは、隣国についての無用の反感をあおるだけだということである。


○ソ連のそばに、日本の島々が弧をえがいている。日本が引越しすることができないかぎり、この隣人とうまくつきあってゆくしかない。なにごとかがあってたがいに接触する場合、日本側もソ連側も、以上のような程度の原形論ぐらいはあたまに入れておく必要がある。


評価:10点

 

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