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2012年8月 6日 (月)

なぜメルケルは「転向」したのか

Photo『なぜメルケルは「転向」したのか
 ―ドイツ原子力四〇年戦争の真実』

 熊谷徹 日経BP社 2012年1月刊

タイトルだけでは何のことかわからない。サブタイトルで原子力の話であることがわかる。画像にはないが、帯には「2022年12月31日までに原発全廃」と書かれており、そういう内容の本であることがわかる。

メルケルとはドイツの首相。転向とは、メルケルが原発擁護派から原発反対派へ転向したことを指している。そのきっかけはフクシマ。

ただし原発全廃を決定したのはメルケルの独裁ではなく、サブタイトルにもあるとおり、ドイツ国内での40年に渡る議論の積み重ねがあってこそ決定されたのである。

著者はドイツ在住20年のジャーナリスト。ドイツの国民性から語られており、とても納得できた。


以下、抜書き(大量に)。#は感想。

○ドイツでは2011年の時点で原子力が発電量に占める比率は17.7%だが、長期的には風力や太陽光などの再生可能エネルギーによって代替する。2011年には再生可能エネルギーの比率は原子力を初めて上回る約19.9%だったが、これを2020年に35%、2050年までに80%に引き上げる。


○1970年にプロジェクトを開始した電力会社は、15年かけて発電所(カルカー高速増殖炉)を建設した。しかし、この施設は反対派による激しい抗議デモ、訴訟にさらされたほか、州政府が「リスクが大きすぎる」として運転許可を拒んだ。特にチェルノブイリ事故以降、高速増殖炉に対する批判が一段と高まり、事業者は1991年に操業を断念した。現在、この施設は遊園地として使われている。発電所の巨大な冷却塔には、雪に覆われた山脈の絵が描かれ、内部では人々が長いワイヤーに取り付けられた座席にすわって降下する遊びに興じている。発電所の建設には少なくとも70億マルク(約3500億円)の費用がかかったとされる。遊園地として使われる高速増殖炉は、ドイツ原子力文明の挫折を象徴している。


○日本政府は原発の建設を推進するために、電源三法に基づいて、原発のある地方自治体に多額の補助金を交付してきた。過疎に悩んでいた町や村にとっては、この補助金によって財政状態が良くなり、公民館や体育館などインフラを整備できるという利点があった。ドイツの地方自治体にとって原発が建つことの利点は、営業税収入が増えたり、雇用が増えたりする程度であり、日本のように多額の補助金が降り注ぐことはなかった。このとこも、住民が原発反対運動に積極的に参加する理由の一つとなった。

#この補助金がよろしくない。人をだますための金であり、だますのも悪いし、だまされるのも悪いし、だまされたことにして金をもらっているのがもっとも悪い。


○全国でバラバラに活動していた環境保護主義者の力を結集し、議会活動による脱原発をめざす環境政党・緑の党が、1980年・・・結成された。・・・/緑の党が初期に使った重要なスローガンの一つに、/我々は地球を、我々の子どもたちから預かったにすぎない/という言葉がある。「我々は地球の自然や資源を大切に扱って、子どもたちに美しい環境をそのまま引き継ぐ義務がある」という意味だ。これは、米国の先住民族インディアンのある酋長の言葉だ。インディアンは、自然との共存を重視することで知られる。自然破壊に反対する緑の党の精神、環境保護についての責任感を端的に表現する言葉だ。チェルノブイリ事故や福島事故のために、長期間にわたり人間が住むことができない地域が生まれてしまったウクライナや日本にとっては、重い言葉である。


○歴史学者アルヌルフ・バーリングは・・・21世紀に入って地球温暖化による気候変動が深刻化し、先進工業国に原油を供給している国々が政治的に不安定になっているにもかかわらず、SPD(社会民主党)と緑の党が脱原子力に固執していることを厳しく批判した。「彼らは原発についてはリスクばかりを取り上げる一方、再生可能エネルギーについては利点ばかりを強調する。たとえばSPDと緑の党は、太陽光、地熱、バイオガスなどによる発電を普及させる過程でもCO2が大量に排出されることについては、黙っている。また太陽光発電の助成のために、2001年からの8年間で約220億ユーロ(2兆4200億円)もの金が注ぎ込まれたことも、問題視していない」と指摘した(それにもかかわらず、太陽光による発電量が総発電量に占める比率は、2009年の時点でわずか1.1%にすぎなかった。ちなみに2011年の太陽光発電の比率も、3.2%にどとまっている)。


○ドイツの企業やホテル、住宅には、ふつう冷房がない。


○緑の党が連邦議会で、CO2の排出量を減らし、原子力を使わず、太陽と風力を中心とする「2010年のエネルギー革命のシナリオ」を打ち出したのは、福島事故の23年前のことである。/当時、保守党の議員はこの提案を「夢物語」と呼んで嘲笑したが、現在ではこのシナリオが現実になりつつあり、保守党もこの政策を支持している。2011年にはすでに電力消費量の5分の1が再生可能エネルギーによって生み出されている。この年、再生可能エネルギーの比率が初めて原子力の比率を追い抜いた。その意味で緑の党が、高い先見性を持っていたことは間違いない。同党は、反原発派がデモや訴訟で達成できなかったことを、議会政治を通じて実現したのだ。/日本では、福島事故から1年近く経っても、原子力エネルギーをどうするのかについて結論が出ていない。与野党のあいだで、エネルギー政策について刀で切り結ぶような白熱した議論も行われていない。・・・福島事故を経験したわれわれは、エネルギー政策についての議論をさらに広く、深く行うべきではないだろうか。


○ストレステストには日独間に大きな違いがある。日本では電力会社が自分でストレステストを行い、経済産業省の原子力安全・保安院に提出する。ドイツでは、電力業界から独立した委員会が電力会社にデータを提出させ、委員会に属する技術者たちがストレステストを行った。ドイツでは「電力会社が自分でストレステストを行うのでは、客観的な分析は難しいのではないか」という意見が出ている。

#当たり前のことが日本はできていない。


○金融危機と原子炉事故には共通点がある。多くの金融機関はサブプライム債券を含んだ金融商品に投資して収益を上げていたときには、高額のボーナスを役員や投資銀行マンに支払っていた。しかし米国の不動産バブルが崩壊し、リーマンショックで多くの金融機関が破綻の一歩手前まで追いつめられたとき、彼らは政府の公的資金、つまり納税者の血税で倒産から救われた。銀行を倒産させると、金融システム全体に悪影響が及ぶので、政府は助けざるを得なかったのだ(一部の金融機関は、リーマンショック後に業績が回復すると、雇用契約に基づいて再び役員らに多額のボーナスを支払っている)。/電力会社も事故が起こる前は配当を株主に還元し、幹部に賞与を支払っていた。しかし原子炉事故が起こったときには、莫大な賠償金をすべて自分で支払うことはできないから、政府の支援を仰がなくてはならない。大手電力会社の倒産は、経済システム全体に悪影響を与え、エネルギーの安定供給を脅かしかねないので、政府は救済せざるを得ない。金融業界、電力業界いずれのケースでも利潤は私有化され、負の遺産のつけ払いだけが社会全体に回される。

#とてもばかげている。


○倫理委員会は「EUは2015年から各国の電力市場を単一のマーケットに統合するので、EU圏内で送電網や国境間の結節点などのインフラが整備されれば、電力の輸出入は増加する」と指摘し、ドイツは電力の完全自給をめざすべきではないと主張している。EUの目標は、加盟国の電力市場の垣根を取り払って、「一つの銅板」のような電力マーケットを作ることだ。ドイツ政府は、以前からEU電力市場の統合を支持している。/そのような市場では、ドイツ国内で電力需要が高まって値段が上がれば、市場原理に基づいて、周りの国から割安の電力が流れ込む。その意味で、周辺国が原子力を使っている限り、国内に原発による電力が入ってきて流通することをドイツ政府が止めることはできない。/市場原理が働く一方で、エネルギー供給は国家の安全保障にも関わる問題なので、他の国へはなかなか干渉できない。したがって、ドイツがフランスに対して、「あなたの国から原発による電力が流れ込んでくると、脱原発の精神が骨抜きになるので、原子力発電を廃止してほしい」と要請することはできない。フランス市民のあいだでは、ドイツほど原子力への不信感は強くない。脱原発を決めたドイツと、電力の8割近くを原子力に依存するフランス。両国のエネルギー政策や環境意識は、水と油のように異なる。世界有数の原子力大国と隣接していることが、ドイツ政府にとって解決しがたいジレンマを生んでいるのだ。


○メルケルは政治家としての鋭い直観力によって、福島事故が座標軸の変化をもたらし、有権者の感情を大きく動かすことを察知した。だからメルケルは、純粋に市民の健康や財産に対するリスクを減らすためだけではなく、政治的な生き残りのためにも、心の中で原子力発電所を廃止することを固く決意した。しかし議会制民主主義の国では、脱原子力を政府の独裁的な判断ではなく、各界の識者の意見を聞き、国民の合意の下に決めたという「アリバイ」が必要である。メルケルにとって脱原子力という結論はすでに決まっていたが、「首相が独断で決めた」と後世の人々から批判されないように、原子力について厳しい見方を持つ知識人を集めて倫理委員会を作り、急遽、提言書をまとめさせたのだろう。


○倫理委員会は「原子力の残余のリスクをゼロにするために、原子力発電を廃止して他のエネルギー源で代替するべきだ」と政府に提言し、首相は提言を実行した。そこには「原子力のリスクは安全に制御できない」という、ドイツ人独特の悲観主義がある。この悲観的な性格が、リスクをゼロにするには廃止以外にないという結論につながった。究極のリスク管理である。/・・・/安全には、「制御された安全」と「本質的な安全」の二種類がある。たとえば旅客機には墜落の危険を減らすための安全装置がさまざま施されている。もちろん墜落の危険をゼロにすることは不可能だ。それでも安全が十分に制御されていると感じているため、我々は日常的に旅客機を使っている。それだけリスクが低く抑えられていると判断しているからである。これが「制御された安全」だ。自動車や新幹線、そして日本の原子炉はこのコンセプトに基づいて運転されてきた。/これに対し、墜落で死亡するリスクをゼロにしたいと考える人は、旅客機に乗らない。そうすれば墜落の危険を排除できる。これが「本質的な安全」、つまり絶対的な安全である。/原子力エネルギーについて、ドイツ人は「本質的な安全」、つまり旅客機に乗らないのと同じ道を選んだ。


○ドイツの企業や官庁の管理職には、社員の健康と安全を損なわない労働条件を確保することが労働法によって義務づけられている。これを・・・保護義務と呼ぶ。これは、管理職の義務の中で最も基本的かつ重要な事項だ。一日当たり10時間を超える労働の禁止や日曜・祝日の労働禁止、部下に約30日の有給休暇を完全に取得させる義務なども、広い意味でこの保護義務の一部である。有給休暇をすべて消化させなかったり、部下を毎日10時間以上働かせたりする管理職は、上司や人事部から批判される。それどころか、そうした管理職は「失格」の烙印を押されて、ポストから外されるだろう。労働基準監督署が労働条件を日本以上に厳しくチェックしているからだ。

#原発の話から離れるが、これはあるべき姿だ。ほんとうにそう思う。


評価:10点

 

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